曹操、孫権、劉備の三傑が覇を争った三国時代。その歴史をまとめたのが『三国志』だ。陳寿が個人で書いた書物が正史とされた。『三国志演義』は民間説話も加えて脚色した後代の読み物で、これと別である。
後漢末期、宦官(かんがん)(濁流派)と官僚(清流派)が争い、道教系太平道が黄巾(こうきん)の乱を起こした。曹操、孫堅、劉備は兵を率い乱を鎮圧、魏、呉、蜀が鼎立(ていりつ)した。結局、魏を倒した西晋が全土を統一。陳寿はその西晋の役人で、公平な歴史記述が光る。
本書は著者・井波氏のセミナーの記録。まず原文を読む。≪由是先主遂詣亮、凡三往、乃見。≫劉備は諸葛亮を三度訪問し、やっと会えた。三顧の礼である。陳寿の筆は淡々と進むが、時に劉備びいきの心情が透けてみえ、微妙な味わいがある。
陳寿は親不孝だと評判が悪い。著者は彼の人物を紹介し、歴史家としての資質を讃(たた)えて名誉を回復する。
二千年も昔のテキストが著者の手にかかると、血の通った人間ドラマとして眼前に生き返る。古典が豊かな人智の宝庫だと気付かされる。そんな二一年前の旧著が、岩波現代文庫版で甦(よみがえ)った。優れた中国文学者の温かな人柄が伝わる好著である。