書評

『社会学 第九版 上巻』(而立書房)

  • 2025/06/30
社会学 第九版 上巻 / アンソニー・ギデンズ,フィリップ・サットン
社会学 第九版 上巻
  • 著者:アンソニー・ギデンズ,フィリップ・サットン
  • 翻訳:宮島 喬,宇都宮 京子,鈴木 智之,田邊 浩,本田 量久,小ケ谷 千穂,西口 里紗
  • 出版社:而立書房
  • 装丁:ハードカバー(636ページ)
  • 発売日:2025-04-30
  • ISBN-10:4880594466
  • ISBN-13:978-4880594460
内容紹介:
環境、労働、不平等、メディアから、戦争、健康、ジェンダーの問題に至るまで、この学問領域の全体にわたる刺激的な研究を紹介し、新世代の理論家たちに着想を与える―目次第1章 社会学とは… もっと読む
環境、労働、不平等、メディアから、戦争、健康、ジェンダーの問題に至るまで、この学問領域の全体にわたる刺激的な研究を紹介し、新世代の理論家たちに着想を与える―

目次
第1章 社会学とは何か
第2章 社会学の問いを発し、その問いに答える
第3章 理論と観点
第4章 グローバリゼーションと社会変動
第5章 環境
第6章 グローバルな不平等
第7章 ジェンダーとセクシュアリティ
第8章 人種、エスニシティ、人の移動
第9章 社会階層と社会階級
第10章 健康、病い、障害
第11章 貧困、社会的排除、福祉
第12章 社会的相互行為と日常生活

信念と情熱、試行錯誤の努力の教科書

社会学の教科書の定番中の定番。こんな本格的な教科書は見当たらない。丁寧によく作り込んである。

教科書は作りにくい。一九世紀から二○世紀にかけて大御所が続出した。それから議論が拡散した。いちどパーソンズが構造機能主義の立場で社会学をまとめようとしたが、空中分解した。そのあといろんな流派が乱立し収拾がつかなくなった。

ギデンズはイギリスに、久しぶりに現れた本格的な社会学者。社会学を広く認知させたいという意欲にあふれている。ありったけの学識を傾け、一人でこれだけ幅広い分野をカヴァーする本を書いた。彼以外には無理だろう。好評で数年おきに版を改め、六版からはサットンが共著者に加わった。聞けば何人ものチームが執筆を補佐しているそうだ。

本書は全部で22章。最初に、社会学とは何か/社会学の問い/理論と観点、の3章を配し、あとは、環境/ジェンダー/階層/貧困/都市/教育/宗教/犯罪/…などのテーマが並ぶ。重要な書物や学説はコラムのかたちで随所に挟みこんであり、本書一冊で社会学を丸ごと学べるつくりなのが嬉しい。各章がばらばらにならないような工夫もある。グローバリゼーション/社会的不平等/デジタル革命/アイデンティティ、といった柱になるテーマが、どの章のどの辺で議論してあるのか、見取りがしっかりつけてある。そんな隠れた関心に即しても読めるのだ。

多様な流派が渦巻くなか、本書はどういう立場なのか。過去の議論をまず押さえる。創始者はコント/デュルケム/マルクス/ウェーバー。≪無視された創始者≫としてイブン・ハルドゥーンを掲げているのは見識だ。主流派に対する挑戦として、フェミニズム、ポスト構造主義、ポストコロニアル理論、なども紹介する。その上で、≪古典理論と近現代理論…を組み合わせること…は、古典的伝統の最良の部分を維持しながら、今日の世界にふさわしくそれらを更新するという、この上ない希望をもたらす≫のだとする。いろいろあるが、だからいいのだ。とても前向きで楽観的な立ち位置である。

最新の社会動向に敏感なのも、本書の特色だ。LGBTQ+。ネット情報やフェイクニュース。中国社会の最新データ。どんな話題にもついて行けるよう、この一冊に何でも盛り込んでおくのだ。本書をみると、イギリスの学生はあんまり本を読まないのでは、と心配になってくる。ともかく大学で社会学の授業を取ったら、本書を手元に置いて首っ引きで読んでいれば間違いがない。英語圏で版を重ねているのも納得だ。

各章の気になる箇所を抜き読みしてみよう。9章の階層・階級。カーストをどう論じているか。≪近代以前、カースト制は世界中に見られるものであった≫はいただけない。インドのカーストが≪将来…さらに弱体化していくと想定することは理にかなっている≫も、安直すぎる。

18章の宗教。西欧のキリスト教の記述が多い。イスラムの説明は分量が少なく、「イスラム教原理主義」の言葉を留保なしで使っているのも気になる。ヒンドゥー教や儒教へは言及もない。総じていまひとつだ。

20章は政治・政府・社会運動。権力をめぐりウェーバー、フーコー、ルークスの議論を紹介する。官僚制と民主制、社会運動などを要領よく紹介。間違ったことは書いてないのだが、皆の議論をまんべんなく紹介するのでのっぺりしてしまう。教科書と割り切って読むのがよい。

21章は、戦争・テロリズム。社会学をはみ出し、政治学や安全保障など隣接領域に越境する。まず人権は歴史的な概念だと指摘する。構築主義の論法だ。人権を「コミットすべき価値」とみる態度との関係が気になるが、書いてない。ついでクラウゼヴィッツの古典的な議論を紹介。マーティン・ショウという学者の論にもとづき≪一九三七年に日本軍が二六万人の中国人を虐殺した事件≫は≪正当性を欠いた「常軌を逸した戦争」≫の例だとする。(南京大虐殺をめぐり種々の議論があるが、それには触れない。)戦争やテロリズムは社会学があまり論じてこなかったテーマだ。意欲的挑戦である。

テーマ毎の各章が終わるとすぐ用語解説。結論らしい部分はない。

社会学を大学で教える以上は、教科書があるべきだ。その信念と情熱が本書を貫いている。現代を代表する社会学者・アンソニー・ギデンズの責任感である。糸の切れたネックレスのように散乱する社会学をまとめるのは至難の技。それをやりおおせるギデンズは超人的である。

社会学の困難は、どこから来るのか。物理学や経済学と違って数字が使えない。共通の言語も、概念もない。社会は文明が違い、歴史の段階が違えばさまざまである。そこに共通の法則が見つかるか。見つからなければ社会学は科学にならない。人間と社会を記述する普遍言語はみつかるか。これが本当の困難だ。

ギデンズはこの困難を見据えて、じりじりと前進する。何回も版を改めるのはそのためだ。彼は諦めていない。社会学は、社会に役立つための試行錯誤を続ける。社会学の最良の努力がきらめく教科書である。
社会学 第九版 上巻 / アンソニー・ギデンズ,フィリップ・サットン
社会学 第九版 上巻
  • 著者:アンソニー・ギデンズ,フィリップ・サットン
  • 翻訳:宮島 喬,宇都宮 京子,鈴木 智之,田邊 浩,本田 量久,小ケ谷 千穂,西口 里紗
  • 出版社:而立書房
  • 装丁:ハードカバー(636ページ)
  • 発売日:2025-04-30
  • ISBN-10:4880594466
  • ISBN-13:978-4880594460
内容紹介:
環境、労働、不平等、メディアから、戦争、健康、ジェンダーの問題に至るまで、この学問領域の全体にわたる刺激的な研究を紹介し、新世代の理論家たちに着想を与える―目次第1章 社会学とは… もっと読む
環境、労働、不平等、メディアから、戦争、健康、ジェンダーの問題に至るまで、この学問領域の全体にわたる刺激的な研究を紹介し、新世代の理論家たちに着想を与える―

目次
第1章 社会学とは何か
第2章 社会学の問いを発し、その問いに答える
第3章 理論と観点
第4章 グローバリゼーションと社会変動
第5章 環境
第6章 グローバルな不平等
第7章 ジェンダーとセクシュアリティ
第8章 人種、エスニシティ、人の移動
第9章 社会階層と社会階級
第10章 健康、病い、障害
第11章 貧困、社会的排除、福祉
第12章 社会的相互行為と日常生活

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年5月24日

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