書評
『これからの社会のために哲学ができること 新道徳実在論とWEターン』(光文社)
「新実在論」の旗手マルクス・ガブリエル氏と「WEターン」を唱える京大教授・出口康夫氏との哲学対話。われわれがいま未来をどう構想すればよいのか、その原理を探る。
出口氏の第1章「WEターン」がとても読ませる。これまで哲学は、人間個人が認識や行為の主体だと考えてきた。でも自転車に乗るにも、誰かが造った自転車で道路を進むだけ。行為はほかの人びとや事物によって可能なのだから、行為の主体はWEである。このように発想を「ターン」すると、現代哲学のタコ壺(つぼ)から脱けだし、社会のほんとうの課題と取り組める。ガブリエル氏もまったくその通りだと賛成する。
「WEターン」して眺めるなら、世界は≪マルチエージェントシステム≫(=WE)である。中心のわたし(I)を他者や動物や事物や自然が同心円状に取り囲んでいる。人間は≪根源的できなさ≫に制約されつつ、めいめい人生を全うせんとする。事物や自然も存在を全うせよ。それを目標に社会の課題と取り組み未来を構想しよう。著者両名はビジネスとも連携し惑星規模のプロジェクトを提案。哲学者の元気な発言を久しぶりに聞いた。注目である。
出口氏の第1章「WEターン」がとても読ませる。これまで哲学は、人間個人が認識や行為の主体だと考えてきた。でも自転車に乗るにも、誰かが造った自転車で道路を進むだけ。行為はほかの人びとや事物によって可能なのだから、行為の主体はWEである。このように発想を「ターン」すると、現代哲学のタコ壺(つぼ)から脱けだし、社会のほんとうの課題と取り組める。ガブリエル氏もまったくその通りだと賛成する。
「WEターン」して眺めるなら、世界は≪マルチエージェントシステム≫(=WE)である。中心のわたし(I)を他者や動物や事物や自然が同心円状に取り囲んでいる。人間は≪根源的できなさ≫に制約されつつ、めいめい人生を全うせんとする。事物や自然も存在を全うせよ。それを目標に社会の課題と取り組み未来を構想しよう。著者両名はビジネスとも連携し惑星規模のプロジェクトを提案。哲学者の元気な発言を久しぶりに聞いた。注目である。
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