書評

『ソーシャル・キャピタル新論: 日本社会の「理不尽」を分析する』(東京大学出版会)

  • 2024/12/11
ソーシャル・キャピタル新論: 日本社会の「理不尽」を分析する / 稲葉 陽二
ソーシャル・キャピタル新論: 日本社会の「理不尽」を分析する
  • 著者:稲葉 陽二
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2024-09-30
  • ISBN-10:4130502107
  • ISBN-13:978-4130502108
内容紹介:
企業不祥事や政治の腐敗、自己責任論が蔓延し経済も停滞する日本社会。なぜこのような状況になってしまったのか? ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)論の第一人者が、その有用性だけでな… もっと読む
企業不祥事や政治の腐敗、自己責任論が蔓延し経済も停滞する日本社会。なぜこのような状況になってしまったのか? ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)論の第一人者が、その有用性だけでなく負の側面までも含めて縦横に論じる。ソーシャル・キャピタル研究の決定版。

序章 日本経済・社会を覆う違和感――社会の理不尽を個人が負担する理不尽

第1章 社会関係資本の現状――現場の理不尽は社会関係資本を知らないとみすごされやすい

第2章 社会関係資本とはなにか

第3章 社会関係資本の定義についての考察――3人の碩学からなにを学ぶのか

第4章 社会関係資本のダークサイド

第5章 測り方と分析の仕方の進歩――計算社会科学の出現

第6章 過去の実証研究から明らかになったこと――データの整備と理解の深化

第7章 日本経済・社会を社会関係資本の視点で再考する

終章 結局なにが言いたかったのか

社会への違和感 あなたは?

書名は「ソーシャル・キャピタル新論」と硬く、用語も「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」「非凸性」「ミクロ・マクロ=リンク」「外部性」と抽象的だ。それでもこの本に惹かれるのは、語られるテーマが「表立って表現されることのない苦しみ」だからだ。

冒頭、具体例が列挙される。「なぜ賃金は目減りするのに経営者報酬だけ上がるのか」、「なぜ現場の営業部長が自腹で保険料を支払って契約を捏造(ねつぞう)するのか」、「なぜ図書館の非正規雇用司書は(低賃金で)『やりがい(頑張りたい情熱)搾取』にあうのか」、「なぜ忖度した官僚は記憶を失うのか」、等。

これらの「苦しみ」は類似の仕組みがあり、それを解き明かすのが先に挙げた抽象的な用語である。抽象的で難解に見えるかもしれないが、論理は平明。苦しみを当たり前と思い込まないよう、頑健な理屈と豊富なデータが準備されている。

「思い込ませる」常套手段として、自動車メーカーの検査不正に際して「第三者委員会」が用いる定型の説明がある。まず現場で犯人を捜す。次に原因として労働者のモラル低下と質の劣化が挙げられる。そして結論が「企業風土に問題があった」、である。

これに対抗する理論として著者が挙げるのが「ミクロ・マクロ=リンク」だ。もとはJ・コールマンの発想で、社会における因果関係にはマクロからミクロ、ミクロからミクロ、ミクロからマクロへという次元を替えて推移するリンクがあるという。ところがミクロ間の因果関係だけ見てマクロに視野が及ばないと、現場で検査飛ばしを犯したのは誰か、なぜコンプライアンスを遵守しなかったのかに説明が終始してしまう。特定の従業員が罰せられ、「企業風土の改善」が叫ばれて、第三者委員会の報告は終了する。そこに「違和感」を持たないのか、というのが本書の問いかけだ。

経営者が利潤追求に固執して現場の正規労働者を非正規に置き換え、内部留保を優先して最新技術を搭載した設備の投資を怠たるならば、老朽化した機械を持たされた非正規労働者は、現場で正規労働者と相談もできずに検査を飛ばしてしまったのかもしれない。それならば労働者を正規に雇用し最新設備を充てなかった経営陣にこそ問題があったことになる。マクロに及ぶ問題の全体像を見ないと、製造現場や組織の末端で働く一部の弱者へ負担や責任が押しつけられても理不尽と感じられなくなってしまう。

人と人が社会関係を結ぶとき、ネットワークや信頼、規範は、個人が孤立していた時よりも生産性を高めると思われてきた。確かに「社会関係資本」にはそんな「正」の面がある。けれども外部に「負」の影響を及ぼす可能性もあり、著者はそれが社会関係資本の「ダークサイド」だと指摘する。マクロを修正しない強者に問題の根があるのに、弱者に責任を押しつけてトカゲの尻尾切りをするダークサイドである。本来は経営者に改心させるべき株主総会が機能しないのは、賃金を削って利潤とし株主に回すからだ。強者のネットワークが自分達に都合よく制度を改悪している。

裏金を作ることのできる自民党員と、売り上げを1円まで税務署に追及される庶民。そんな劣化した制度を点検するのには、本書のような修理マニュアルが必須である。
ソーシャル・キャピタル新論: 日本社会の「理不尽」を分析する / 稲葉 陽二
ソーシャル・キャピタル新論: 日本社会の「理不尽」を分析する
  • 著者:稲葉 陽二
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2024-09-30
  • ISBN-10:4130502107
  • ISBN-13:978-4130502108
内容紹介:
企業不祥事や政治の腐敗、自己責任論が蔓延し経済も停滞する日本社会。なぜこのような状況になってしまったのか? ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)論の第一人者が、その有用性だけでな… もっと読む
企業不祥事や政治の腐敗、自己責任論が蔓延し経済も停滞する日本社会。なぜこのような状況になってしまったのか? ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)論の第一人者が、その有用性だけでなく負の側面までも含めて縦横に論じる。ソーシャル・キャピタル研究の決定版。

序章 日本経済・社会を覆う違和感――社会の理不尽を個人が負担する理不尽

第1章 社会関係資本の現状――現場の理不尽は社会関係資本を知らないとみすごされやすい

第2章 社会関係資本とはなにか

第3章 社会関係資本の定義についての考察――3人の碩学からなにを学ぶのか

第4章 社会関係資本のダークサイド

第5章 測り方と分析の仕方の進歩――計算社会科学の出現

第6章 過去の実証研究から明らかになったこと――データの整備と理解の深化

第7章 日本経済・社会を社会関係資本の視点で再考する

終章 結局なにが言いたかったのか

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年11月9日

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