書評

『日本経済の故障箇所』(日本評論社)

  • 2024/11/06
日本経済の故障箇所 / 脇田 成
日本経済の故障箇所
  • 著者:脇田 成
  • 出版社:日本評論社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2024-07-02
  • ISBN-10:4535540853
  • ISBN-13:978-4535540859
内容紹介:
日本経済が陥っている長期停滞状況を、基礎的なデータで一つ一つ確認、どのような脱出策があるかを検討する。第1章 失われた30年の真因と今後のトレンド1-1. 逆回転するマクロ経済1-2. 政… もっと読む
日本経済が陥っている長期停滞状況を、基礎的なデータで一つ一つ確認、どのような脱出策があるかを検討する。

第1章 失われた30年の真因と今後のトレンド
1-1. 逆回転するマクロ経済
1-2. 政策対応が悪循環をもたらした
1-3. 内需をどう増やすのか
1-4. 問題を複雑にする2つのトレンド(1): 人口減少
1-5. 問題を複雑にする2つのトレンド(2): 技術革新
1-6. 金融危機過敏症がエネルギーショックを増幅


第2章 生産性以下の賃金が長期停滞を招いた
2-1. 「安い」のは賃金か生産性か
2-2. 製造業の高賃金は波及していたのか
2-3. ドル円の推移を3期に区分する
2-4. 生産性は上昇し賃金は追いついていない
2-5. 生産性以下の賃金がデフレをもたらしている
2-6. 利益と生産性は逆行しない


第3章 貯蓄過剰は自然治癒するのか
3-1. 混乱する内部留保の議論
3-2. バランスシートの長期推移
3-3. 海外直接投資立国のまぼろし


第4章 異次元緩和は円安誘導
4-1. 日銀総裁の5つの煙幕
4-2. 金融政策と為替レートを巡る3つの建前
4-3. 金利差: このままでは円安は続く
4-4. 消える円安メリット
4-5. 円安が加速する国内軽視
4-6. 抜け出せない「ぬるま湯」だったインフレ目標
4-7. 構造改革が生んだリフレ派


第5章 円高阻止から円「防衛」へ: 微害微益の終了
5-1. 金融危機の前にエネルギー危機が来た
5-2. 潤沢な運転資金供給がレパトリ円高を阻止した
5-3. 金融政策変更のチェックポイント
5-4. 構造的賃上げと賃金と物価の「好」循環


第6章 ボタンをどこで掛け違えたのか:好循環再考
6-1. 分配の3つの定義
6-2. 市場分配のミッシングリンク
6-3. 逆回転する経済政策
6-4. 途切れた利潤分配ルートをつなぎ直す
6-5. 所得再分配の状況


第7章 停滞脱出への処方箋
7-1. 最終目標を思い出せ
7-2. データ「見える化」でインフォームド・コンセント
7-3. 国としての老後の生活設計を
7-4. これでよかったのか、このままでいいのか

内部留保が招いた株植民地化

評者は、今世紀に入ってからの日本経済は資本主義ではない、と考えてきた。ここで言う「資本主義」とは、企業家が銀行から借り入れたり株式を発行して他人資本を集め、不確実性である世界に挑む経済制度、という程の意味である。

けれども金融危機が日本を襲った1998年以降、日本の非金融企業は貯蓄主体に転じ、現在に至っている。日本の企業は銀行に「貸し剥がし」を迫られた四半世紀前から、内部留保を貯め込み自己資本で経営している。恐怖の記憶に苛まれ、カネを借りるのでなく貸しているのだ。

だから構造改革であれ、アベノミクスであれ財政再建であれ、標準的な経済政策は日本経済の立て直しには使えない。なぜならそれらの経済政策は、アメリカの健全な資本主義を対象として講じられてきたものだからだ。

癌の手当てに胃潰瘍の薬を処方するようなものだが、何故そんな取り違えが起きるのか。「海外発の教科書的知識を若い世代は鵜呑みにすることが制度的に促進され」、「日本経済の特殊事情を考慮せず」分析を進めるからだと著者は言う。自身は古典派やケインズ派について紹介するテキスト(第3版『マクロ経済学のナビゲーター』日本評論社)を改訂し続ける正統派の経済学者だが、「多くの経済データを整合的体系的に理解し、それまでの理解から外れた事象をパズルとして、皆で謎を解く、という言わば実態と研究の循環」を唱えている。

そうした「循環」の成果として、著者は日本経済の不振の真因を過剰な企業貯蓄すなわち「内部留保」に見出している。それには評者は両手を挙げて同意する。本書が圧巻であるのはその先だ。無数のデータを挙げ、自作の図版をちりばめ、日本経済の故障箇所の全体を詳細に洗い出すのである。

著者は言う。長期の不況が続いたのは、企業が過剰に貯蓄し設備に投資しなかったからだが、それは家計の消費が過少であるせいだ。そこで「賃上げ」を対策として打ち出している。

では岸田政権の賃上げ政策は支持できるか。2022年の賃上げ率はベースアップで2%だったが、ロシアのウクライナ侵攻以来、エネルギー価格が高騰し、日本ではコストプッシュで輸入インフレが定着してしまった。その上昇率が3%だったため、賃上げ率を超え実質賃金は下がった。原因は岸田政権がダラダラとアベノミクスの金融緩和を続けてきたためだ。

黒田日銀のインフレ目標政策には副作用も目立つ。著者はそもそもその本音は円安と株高への誘導にあったと解釈しているが、円安にはなっても輸出が量的に伸びたわけではなく、海外に移転した製造業が国内に戻っても来ず、海外での直接投資には失敗(キャピタルロス)が目立ち、そのうえ円安は海外投資家にとっての日本株を割安にして、「バーゲンセール」化している。グローバル経済の「植民地」かと見紛うほどだ、と。

1998年の金融危機がこれほどまで深刻な将来不安を企業に与えたことには驚くしかない。それでも銀行依存はすでに十分脱したはず。なお内部留保に固執するなら、課税もありうるだろう。著者は(銀行のではなく)企業へのマイナス金利も示唆している。自前の処方箋でみずからの病に決着を付けようとする快作である。
日本経済の故障箇所 / 脇田 成
日本経済の故障箇所
  • 著者:脇田 成
  • 出版社:日本評論社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2024-07-02
  • ISBN-10:4535540853
  • ISBN-13:978-4535540859
内容紹介:
日本経済が陥っている長期停滞状況を、基礎的なデータで一つ一つ確認、どのような脱出策があるかを検討する。第1章 失われた30年の真因と今後のトレンド1-1. 逆回転するマクロ経済1-2. 政… もっと読む
日本経済が陥っている長期停滞状況を、基礎的なデータで一つ一つ確認、どのような脱出策があるかを検討する。

第1章 失われた30年の真因と今後のトレンド
1-1. 逆回転するマクロ経済
1-2. 政策対応が悪循環をもたらした
1-3. 内需をどう増やすのか
1-4. 問題を複雑にする2つのトレンド(1): 人口減少
1-5. 問題を複雑にする2つのトレンド(2): 技術革新
1-6. 金融危機過敏症がエネルギーショックを増幅


第2章 生産性以下の賃金が長期停滞を招いた
2-1. 「安い」のは賃金か生産性か
2-2. 製造業の高賃金は波及していたのか
2-3. ドル円の推移を3期に区分する
2-4. 生産性は上昇し賃金は追いついていない
2-5. 生産性以下の賃金がデフレをもたらしている
2-6. 利益と生産性は逆行しない


第3章 貯蓄過剰は自然治癒するのか
3-1. 混乱する内部留保の議論
3-2. バランスシートの長期推移
3-3. 海外直接投資立国のまぼろし


第4章 異次元緩和は円安誘導
4-1. 日銀総裁の5つの煙幕
4-2. 金融政策と為替レートを巡る3つの建前
4-3. 金利差: このままでは円安は続く
4-4. 消える円安メリット
4-5. 円安が加速する国内軽視
4-6. 抜け出せない「ぬるま湯」だったインフレ目標
4-7. 構造改革が生んだリフレ派


第5章 円高阻止から円「防衛」へ: 微害微益の終了
5-1. 金融危機の前にエネルギー危機が来た
5-2. 潤沢な運転資金供給がレパトリ円高を阻止した
5-3. 金融政策変更のチェックポイント
5-4. 構造的賃上げと賃金と物価の「好」循環


第6章 ボタンをどこで掛け違えたのか:好循環再考
6-1. 分配の3つの定義
6-2. 市場分配のミッシングリンク
6-3. 逆回転する経済政策
6-4. 途切れた利潤分配ルートをつなぎ直す
6-5. 所得再分配の状況


第7章 停滞脱出への処方箋
7-1. 最終目標を思い出せ
7-2. データ「見える化」でインフォームド・コンセント
7-3. 国としての老後の生活設計を
7-4. これでよかったのか、このままでいいのか

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年9月21日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
松原 隆一郎の書評/解説/選評
ページトップへ