書評
『事実婚を考える―もう一つの選択』(日本評論社)
「婚」のかたち
「男女共生社会」や「多様な生き方を認めあう」のが行政のスローガンなのに、私の働く町場のおじさま方は相変わらず「行かず後家」だの「出戻り」だのと連発なさり、おばさま方は「四十なのに嫁の来手がない」「変人なのよ」とかまびすしい。日本は実に「結婚して家庭を持つのが当たり前」のプレッシャーが強い。もう少し自由に生きるのにはどうしたらいいのか。『事実婚を考える――もう一つの選択』(二宮周平、日本評論社)はそれを考えるタイムリーな本だ。というのはいま夫婦別姓が法制化へ向けてマスコミを賑わしているからでもある。が、夫婦別姓のうち戸籍は相手の姓とし仕事などで生まれた姓を名乗るのが「通称使用」、婚姻届を出さない共同生活が「事実婚」と使いわけるだけでは「事実婚」が矮小化されるだろう。
本書は十数年来、事実婚を研究してきた法学者のきわめて冷静かつ理論的な入門書である。
とはいえ、事実婚カップルへのインタヴューはやはり面白い。「純粋な気持で結びついているのだから国家に届ける必要はない」「ペーパー離婚して自分の姓を取り戻しいきいきと暮らせるようになった」「話し合いで一緒に住み、話しあいで別れるのが一番いい」「愛情が全然ないのに制度で繋がっている人々は哀しい」「夫婦であることにあぐらをかかないでいつも新鮮な緊張関係を保っていたい」「婚外子への差別などいまの結婚制度に加担しないため事実婚を選んだ」など……。
事実婚は「内縁」とか「同棲」とあらわされることが多いが、ここには日陰者とかふしだらといった暗いイメージはまったくない。読んで胸がしんとするくらい、まっとうな意見がならんでいる。
著者は全体として事実婚はまだ少数だが、ライフスタイルとして選択する人も増えており、社会の寛容度も、将来に向けて高くなるだろうと予測する。
たしかに一九八五年、西ドイツで百二十五万組、アメリカで百九十八万組と、事実婚はそれぞれ七〇年代初めの四倍化している。スウェーデンではカップルの二〇パーセントが事実婚。ロシアでも事実婚配偶者は法律上の相続人として認められている。著者はその背景を探り、また同性愛カップルの事実婚にもかなりのページを割いている。
日本の民法では、女性の保護の条文にしても専業主婦、外で働く主婦、死別した妻、離別した妻、未婚の女性の順で厳しいランクづけがある。事実婚の女性は「未婚」だから優遇されない。法的保障がないのに事実婚を選ぶのは、相当勇気がいる。
「自分の意志で婚姻を拒否しておいて法的保障とは虫がいい」といわれそうだ。これに対して、著者は憲法十三条の「個人の幸福追求権」をもとに「家庭生活に関する自己決定権」をその保障の法的根拠として考えられないかという。このダイナミックな論理展開には、目が覚まされる。くわしく紹介する紙幅がないので、ぜひ読んでほしい。税、雇用、相続、住居、墓、保険まで具体的に法的保障が検討され、最後に“事実婚契約書例”まで付いていて、とても役に立つ本だ。
ただ「事実」とは何をさすのか、共同生活なのか、性関係なのか、事実「婚」でも男女性別役割分担をひきずるならばやはり「婚とは女を昏(くら)くするもの」(道浦母都子氏)ではないか。そのへん用語として多彩な検討が必要であろう。
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