書評

『幕末あどれさん』(幻冬舎)

  • 2025/10/22
幕末あどれさん / 松井 今朝子
幕末あどれさん
  • 著者:松井 今朝子
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:文庫(726ページ)
  • 発売日:2012-06-12
  • ISBN-10:4344418808
  • ISBN-13:978-4344418806
内容紹介:
黒船の砲声が切って落とした維新の幕。あらゆる価値観が激変する中、旗本の二男坊、久保田宗八郎と片瀬源之介の人生も激流に飲み込まれていく。武士に嫌気がさした宗八郎は芝居に出合い、狂言で生きる決心をする。一方、源之介は徳川家への忠誠心から陸軍に志願するが…。時代に翻弄される名もなき若者=あどれさんの青春と鬱屈を活写した傑作。

「青年」の心の揺れ、今に通じる人生劇

芝居というのはふしぎなもので、まっとうな人物ほどつまらない男に見え、どうしようもない悪党が、人間らしく立派に見える一瞬がある。

江戸から東京へ。幕府の瓦解(がかい)こそもっとも演劇的な時代であった。その転変の数年を描いた、これはじつに手練れの作品といえる。

旗本小納戸役の次男久保田宗八郎は、講武所をやめて河竹新七(のちの黙阿弥)の弟子となる。一方、小普請組の次男、片瀬源之介は、いいなずけを置いて幕府陸軍歩兵に志願した。

腰のものに嫌気のさした男と、腰のものは頼りにならないと踏んだ男、二人の部屋住みの青年、フランス語でいう<アドレサン>の交錯しそうで微妙に出会わない人生をぐいぐいと描いていく。それぞれに知力も武芸の腕もありながら、ものにぴたっとめぐりあわぬ運命とでもいおうか、その運命の逸(そ)れ方が、いわゆる時代劇的なご都合主義、大仰なパターンにならない。現代人の心の揺れを思わせ、登校拒否や母子密着、OAに乗り遅れるサラリーマンなどまで髣髴(ほうふつ)とさせるところがあって、江戸の風俗や芝居の世界が抜け目なく書き込まれているだけに、心に惻々(そくそく)と迫る。

なるほど、高杉晋作や坂本龍馬、土方歳三など、舞台を得た人びとの華々しい英雄譚(たん)のかげに、こうした小禄(しょうろく)の幕臣たちの哀(かな)しい、さえない人生があったのか。「いまの世に武士は廃り者だ」とたとえ目はしがきいたとて、自分の天の邪鬼ばかりは御しがたい。
幕末あどれさん / 松井 今朝子
幕末あどれさん
  • 著者:松井 今朝子
  • 出版社:幻冬舎
  • 装丁:文庫(726ページ)
  • 発売日:2012-06-12
  • ISBN-10:4344418808
  • ISBN-13:978-4344418806
内容紹介:
黒船の砲声が切って落とした維新の幕。あらゆる価値観が激変する中、旗本の二男坊、久保田宗八郎と片瀬源之介の人生も激流に飲み込まれていく。武士に嫌気がさした宗八郎は芝居に出合い、狂言で生きる決心をする。一方、源之介は徳川家への忠誠心から陸軍に志願するが…。時代に翻弄される名もなき若者=あどれさんの青春と鬱屈を活写した傑作。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1998年11月15日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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