書評

『失聴―豊かな世界の発見』(晶文社)

  • 2025/10/15
失聴―豊かな世界の発見 / ハンナ・メーカ
失聴―豊かな世界の発見
  • 著者:ハンナ・メーカ
  • 翻訳:鴻巣 友季子
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:1998-07-01
  • ISBN-10:4794963572
  • ISBN-13:978-4794963574
内容紹介:
世界は音に満ちている。けれど私たちは、ほんとうに「聴いている」のだろうか?仕事と家庭に恵まれた著者の暮らしは、突然のスキー事故で一変した。しだいに失われていく聴覚。夫と別れ、仕事… もっと読む
世界は音に満ちている。けれど私たちは、ほんとうに「聴いている」のだろうか?仕事と家庭に恵まれた著者の暮らしは、突然のスキー事故で一変した。しだいに失われていく聴覚。夫と別れ、仕事を辞め、ひとり海辺に本屋を開く。初めての補聴器をつけて。五感をひらいて音を見つけ、その輪郭をつかみとる。―音探しの冒険が始まった。稲光に感じる雷鳴のとどろき。記憶を総動員して愉しむ音楽会。聴導犬の表情に読みとる日常の物音。恋人のキスが告げる雨音のニュアンス…。静寂の世界で発見した「聴くこと」の真の豊かさを描く、幸福感あふれるエッセイ。

目次
音をなくして
心の目覚め
記憶のなかの音が
音楽の「言葉」
聴導犬シーナ
「聴く」実験
森でたおれる樹
パートナー
植物のおしゃべり、鳥のことば
盲聾者の言葉〔ほか〕

聞くから「聴ける」へ「静寂」が与えた体験

私の祖父は日中戦争に行き、大砲の音がもとで還暦をすぎてから聴力を失った。晩年の祖父を介護した私には、本書は思い当たることの多い、切実な本である。

著者は作家で、実業家の妻であり、四人の子供がいたが、スキー事故から徐々に聴力を失う。「わたしをとりまく世界がしんと静まりかえっていること、後ろから近づくあなたの足音も、遠くから呼びかけるあなたの声も、わたしには聞こえないこと、そんなことはどうしたらわかってもらえるだろう? わたしを包みこむ静寂は目に見えない」

鳥の声、西風のため息、屋根を打つ雨の音が突然失われ、つらい日がつづく。モノとの関係、人との関係が一変する。発語でき、読唇術に長(た)けているゆえに障害があることを理解されない(中途失聴者の発語がどのように変化するのかはもう少し知りたかった)。

しかし果敢に失聴という冒険に乗り出す。受け身の〈ヒアリング〉から、幻の音に耳を傾ける〈リスニング〉へ。この〈聴く〉実験を積み重ねて、著者は稲妻に雷鳴のとどろきを、ピアニストの指にショパンのワルツを、〈聴ける〉ようになる。

人生も一変した。社交に明け暮れる実業家の妻をやめ、補聴器をつけて海辺に本屋を開く。耳を立てることで何でも教えてくれる聴導犬シーナとの友情。そして「霧笛は……開放弦Gの音に似てなくもない」と笑う新しいパートナーとのロングアイランドのボートハウスでの暮らし。うらやましくなる。

生まれつき意欲的なのだろう。本書は空中の振動を注意深く聴くコウモリや、おしゃべりする植物や歌う魚たち、十八世紀の「ささやき管」という懐かしい補聴器まで、音とコミュニケーションに関するたくさんの知識がつまっている。

同時に失聴体験は、この世がいかに余分な会話、不必要な音楽、騒音に満ちているかを教えてくれた。補聴器をオフにすれば、私は完璧な無音(しじま)が選択できる、という言葉は文明批評にもなっている。

内省と実践がからみあった魅力的な自叙伝。障害者向き図書館をつくり、補聴器をピンクに塗って目立たせる。この明るさとプライドに目をみはった。
失聴―豊かな世界の発見 / ハンナ・メーカ
失聴―豊かな世界の発見
  • 著者:ハンナ・メーカ
  • 翻訳:鴻巣 友季子
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:1998-07-01
  • ISBN-10:4794963572
  • ISBN-13:978-4794963574
内容紹介:
世界は音に満ちている。けれど私たちは、ほんとうに「聴いている」のだろうか?仕事と家庭に恵まれた著者の暮らしは、突然のスキー事故で一変した。しだいに失われていく聴覚。夫と別れ、仕事… もっと読む
世界は音に満ちている。けれど私たちは、ほんとうに「聴いている」のだろうか?仕事と家庭に恵まれた著者の暮らしは、突然のスキー事故で一変した。しだいに失われていく聴覚。夫と別れ、仕事を辞め、ひとり海辺に本屋を開く。初めての補聴器をつけて。五感をひらいて音を見つけ、その輪郭をつかみとる。―音探しの冒険が始まった。稲光に感じる雷鳴のとどろき。記憶を総動員して愉しむ音楽会。聴導犬の表情に読みとる日常の物音。恋人のキスが告げる雨音のニュアンス…。静寂の世界で発見した「聴くこと」の真の豊かさを描く、幸福感あふれるエッセイ。

目次
音をなくして
心の目覚め
記憶のなかの音が
音楽の「言葉」
聴導犬シーナ
「聴く」実験
森でたおれる樹
パートナー
植物のおしゃべり、鳥のことば
盲聾者の言葉〔ほか〕

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1998年8月23日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
森 まゆみの書評/解説/選評
ページトップへ