書評

『ジャイアンツ・ハウス』(新潮社)

  • 2024/07/04
ジャイアンツ・ハウス / エリザベス・マクラッケン
ジャイアンツ・ハウス
  • 著者:エリザベス・マクラッケン
  • 翻訳:鴻巣 友季子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(390ページ)
  • 発売日:1999-07-01
  • ISBN-10:4105900110
  • ISBN-13:978-4105900113
内容紹介:
わたしは司書、影のような。彼は少年、巨人症の。初めて会ったとき、彼はまだ十一歳。悠然としたとびきりのノッポの少年、実はその体の中では、ある病が進行中だった―いきなり全米図書賞にノミネートされた、実力派新人の処女長編。
五十年代、アメリカはケープ・コッドの田舎町の図書館で、二十五歳の孤独な女性司書ペギーと、十四歳年下の少年ジェイムズが出会う。身長がその時すでに一八五cmもあり、やがて世界一のノッポとして町の名物になっていくジェイムズ。そんな彼に対し愛情を覚えるペギー。が、青年へと成長したジェイムズはペギーの想いに気づきながらも、どうしてよいかわからない。やがては死に至る病の進行を止める術(すべ)もないまま、二人は互いに手を差し伸べてはひっこめて……、怯えながら、とまどいながら、不器用な愛を育んでいく――。新人エリザベス・マクラッケンの『ジャイアンツ・ハウス』は、巨人症という特異な肉体の持ち主が物語のキーマンでありながらも、鬼面人を驚かす風の大仰な語り口とは一切無縁、風のない日の湖のようにどこまでも静かで透明度の高い文体をもって、読み手を表現し難い感情へと誘ってくれる傑作ロマンス小説だ。

フリークス版『百年の孤独』と絶賛された『異形の愛』(刮目瞠目の必読小説!)の作家キャサリン・ダンが、「マクラッケンは、じめじめせず、感傷的にならない、本物のロマンチストだ」と本書に推薦文を寄せているけれど、まさにそのとおり! 手軽なお涙頂戴描写など一ヵ所とて存在しないのだ。にもかかわらず、読んでいる最中、幾度も胸が締めつけられるような深い哀しみに打たれ、いつか涙を浮かべている自分に驚かされることになる。なぜか。それは語り部であるペギーのキャラクターゆえなのである。

物語の開口一番「わたしは人間があまり好きではない」とぶちかますペギーは、ついつい憎まれ口を叩いてしまう質(たち)の“苦い舌”の持ち主。でも、それは決して本心ではない。たとえば、こんな記述がある。「わたしは気安く触れられるのを好む人間ではない。裏を返せば、大好きだということだ、もちろん」。ところが、人づきあいに臆病な彼女は誰かに触れられるたびに身がこわばってしまう。だから、人は彼女に触れなくなってしまう。不器用さと臆病さから他者との間に壁を作ってしまい、やがて孤独にもなれてしまったと自分に思いこませ、ドライな考え方を身につけてしまったペギーが、わたしには愛おしくてならない。しかし、だからこそ、彼女の魂はジェイムズのそれと共鳴したのだ。誰も彼もが自分を世界一ノッポの青年としてしか見ず、その内面に恋の悩みや死の恐怖があるなんてことは想像もしてくれない。ペギーだけが、そんなジェイムズの孤独と哀しみを理解できたのだ。

この物語を読んだ後の気持ちをどう表現すればいいのか。木漏れ日が射す静かな湖面に小さな波紋が起こって、やがて消えていく、そんな光景を独り見守っている時に覚える穏やかなゆったりとした気分。でも、その気分の底には、かつて自分が失ってしまった何かに対する哀しみとも悔恨とも愛着ともつかない複雑な感情がかすかにたゆたっている――そんな感じだろうか。

さて、皆さんは?

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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ジャイアンツ・ハウス / エリザベス・マクラッケン
ジャイアンツ・ハウス
  • 著者:エリザベス・マクラッケン
  • 翻訳:鴻巣 友季子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(390ページ)
  • 発売日:1999-07-01
  • ISBN-10:4105900110
  • ISBN-13:978-4105900113
内容紹介:
わたしは司書、影のような。彼は少年、巨人症の。初めて会ったとき、彼はまだ十一歳。悠然としたとびきりのノッポの少年、実はその体の中では、ある病が進行中だった―いきなり全米図書賞にノミネートされた、実力派新人の処女長編。

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初出メディア

GINZA

GINZA 1999年12月号

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