書評
『ソーラー』(新潮社)
イアン・マキューアンって、今でこそ『贖罪』みたいな重い作品でイギリスを代表する成熟した作家扱いされてるけど、昔は猿に恋人を寝取られた男の話なんか書いたりする、おかっぱ頭にまん丸眼鏡かけた面長の顔が若い頃の高橋源一郎そっくりの、とっぽい兄ちゃんだったんである。で、『ソーラー』は、そんな若かりし日のマキューアンのお茶目な面と、現在の重厚さが合体したかのような小説なのだ。主人公は、四十歳そこそこで「ビアード=アインシュタイン融合理論」によってノーベル物理学賞を受賞するも、それから十数年、新しい業績を積むこともなく、肩書きだけで裕福な生活を送っている、ちび・でぶ・禿のマイケル・ビアード。ところが、女は異性の才能や地位を評価するから、けっこうモテモテ。というわけで、この物語は二〇〇〇年、ビアードの五回目の結婚生活が崩壊の危機に瀕しているエピソードから滑り出す。
浮気を繰り返す夫に復讐するかのように、リフォーム業者ロドニー・ターピンと関係を持つようになった妻パトリスの冷ややかな態度に打ちのめされ、彼女の気持ちを取り戻そうとあがくビアードは、イギリスにおけるコミック・ノヴェルの正嫡ともいうべきインテリ型ダメ男だ。国立再生可能エネルギー研究所の所長に就任し、気候変動による地球の危機にはまったく興味を持たないまま風力発電の開発に取り組みながらも、頭の中は妻への妄執で満タン。気分を変えようと、温暖化に関心の深い二十人のアーティストと科学者による北極ツアーの招待に乗っかってみたものの、極寒の地で立ちションをしてペニスがとんでもないことになったりと、爆笑エピソード満載の数日間の後に帰宅してみると、自分のガウンをはおってくつろいでいる研究所の部下トム・オールダスを発見。どうやら妻のパトリスとできているらしい。上司たるビアードからクビを宣言されて狼狽したトムが、北極熊の敷物に足を取られて転倒する事件が発生して以降、物語にはミステリーの要素も加わるのである。
最高に可笑しいコミック・ノヴェルにして皮肉な味つけのミステリーとして始まるこの小説は、しかし、第二部(二〇〇五年)、第三部(二〇〇九年)と進むにつれ、深遠なテーマと苦い読後感に結びついていく。ある人物の、人工光合成によって太陽光から電気を作るアイデアをパクり、富と栄光を得ようとするビアードが、三十九歳の愛人メリッサから妊娠を告げられる第二部。ビアードの幼少期から青年期のあらましが語られ、ついに完成した人工光合成パネルのお披露目の式典を背景に、彼がこれまでの所業のツケを払わされるであろう不穏な予感で幕を閉じる第三部。頭脳は優秀でも、倫理観や貞操観念に欠け、人間的成長を遂げることができなかった男のその後を想像せずにはいられない、開かれた結末になっているのだ。
この小説の最後で、彼がノーベル賞を受賞した理論が哲学者フランシス・ベーコンのこんな言葉で例えられている。〈もっとも心地よい最高の和声は、個々のパートや楽器がそれ自体としてではなく、それらすべての融合として聞こえるものである〉。そんな美しい相互関連の法則を発見した人物が、目前の快楽やプライドだけを追求するというエゴイスティックな生き方をしてしまう皮肉。でも、そのアイロニカルな視線は、地球温暖化による環境破壊を気にはしつつ、便利さを手放せない世界中の大勢の“わたし”にも向けられているのではないか。これは、マキューアン作品の中でもっとも笑える小説にして、もっとも苦い小説。今を生きるすべての“わたし”のための、二十一世紀型諷刺小説なのである。
【この書評が収録されている書籍】
浮気を繰り返す夫に復讐するかのように、リフォーム業者ロドニー・ターピンと関係を持つようになった妻パトリスの冷ややかな態度に打ちのめされ、彼女の気持ちを取り戻そうとあがくビアードは、イギリスにおけるコミック・ノヴェルの正嫡ともいうべきインテリ型ダメ男だ。国立再生可能エネルギー研究所の所長に就任し、気候変動による地球の危機にはまったく興味を持たないまま風力発電の開発に取り組みながらも、頭の中は妻への妄執で満タン。気分を変えようと、温暖化に関心の深い二十人のアーティストと科学者による北極ツアーの招待に乗っかってみたものの、極寒の地で立ちションをしてペニスがとんでもないことになったりと、爆笑エピソード満載の数日間の後に帰宅してみると、自分のガウンをはおってくつろいでいる研究所の部下トム・オールダスを発見。どうやら妻のパトリスとできているらしい。上司たるビアードからクビを宣言されて狼狽したトムが、北極熊の敷物に足を取られて転倒する事件が発生して以降、物語にはミステリーの要素も加わるのである。
最高に可笑しいコミック・ノヴェルにして皮肉な味つけのミステリーとして始まるこの小説は、しかし、第二部(二〇〇五年)、第三部(二〇〇九年)と進むにつれ、深遠なテーマと苦い読後感に結びついていく。ある人物の、人工光合成によって太陽光から電気を作るアイデアをパクり、富と栄光を得ようとするビアードが、三十九歳の愛人メリッサから妊娠を告げられる第二部。ビアードの幼少期から青年期のあらましが語られ、ついに完成した人工光合成パネルのお披露目の式典を背景に、彼がこれまでの所業のツケを払わされるであろう不穏な予感で幕を閉じる第三部。頭脳は優秀でも、倫理観や貞操観念に欠け、人間的成長を遂げることができなかった男のその後を想像せずにはいられない、開かれた結末になっているのだ。
この小説の最後で、彼がノーベル賞を受賞した理論が哲学者フランシス・ベーコンのこんな言葉で例えられている。〈もっとも心地よい最高の和声は、個々のパートや楽器がそれ自体としてではなく、それらすべての融合として聞こえるものである〉。そんな美しい相互関連の法則を発見した人物が、目前の快楽やプライドだけを追求するというエゴイスティックな生き方をしてしまう皮肉。でも、そのアイロニカルな視線は、地球温暖化による環境破壊を気にはしつつ、便利さを手放せない世界中の大勢の“わたし”にも向けられているのではないか。これは、マキューアン作品の中でもっとも笑える小説にして、もっとも苦い小説。今を生きるすべての“わたし”のための、二十一世紀型諷刺小説なのである。
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