書評
『小さな白い車』(中央公論新社)
泣いたね。泣いたよ。怒りで顔をひきつらせながら赤鬼は泣いたですよ、『ティモレオン』の結末に。あのね、隠遁生活を送ってる元売れっ子作曲家のコウクロフトってジジイがいんの。で、こいつの唯一の友ってのが、瞳がとっても愛くるしい雑種犬ティモレオン。ところがこのジジイが、ある日突然訪ねてきた自称ボスニア人の美青年野郎にめろめろになっちまいやがって、こいつに強要されローマのコロシアム前にティモレオンを捨てちまうの。キィィーッ。でも、ここから名犬ティモレオンの我が家を目指す長い旅が始まり――と聞けば、誰だって感動の再会劇を予想するでしょー? なのに……。
二四七。この呪いのページ(於単行本)に至るや、万国のケモノバカ暴動必至。コウクロフト、死ねっ。似非ボスニア野郎、死ねっ、百回死ねっ。呪詛を吐きちらしたもんでございます。今でも思い出すたび、呪怨の彼方。徹頭徹尾、読者の「こうなってほしい」という甘い期待を裏切る小説なんですよ。なのに、傑作。それが悔しい。傑作なのが悔しい小説なんて、これまで生きて読んできて初めてだったんですの。現実の持つ凄まじく暴力的な不条理性を示す、寓話のトーンで語られたこのハイパーリアリズム小説、だから未読の人は走れ書店へ。でもって、泣いた赤鬼化しちゃってくんなまし。
その『ティモレオン』の作者ダン・ローズの新作だってんですもの、すぐに飛びつきましたですよ。「ああ〜ん、またオデをとことんズンドコな気持ちにさせてぇ」なんつーMな気分で。なのに……。ページをめくってもめくっても、イヤなことが起きませんの。ちっともズンドコになりませんの。むしろ、なんてーの? スマイル? &スマイル? てか、ハートウォーミング? んな感じ。
恋人との別れを決意し、愛犬と共に白いフィアット・ウノに乗り込んで家路につくも、ワインのガブ飲みとマリファナ大量吸引で頭の中はへろへろ。はっきりした記憶のないまま、翌日車を見ると接触事故の痕跡が。折しもテレビではダイアナ妃の事故死のニュースが流れている。〈「マジ?」ヴェロニクはつぶやいた。「あたし、プリンセスを殺しちゃった」〉という出だしこそブラックなものの、主人公のヴェロニクはもちろんのこと、ぶっ飛んだ親友エステルをはじめとする脇役連中もとってもチャーミングなんですの。ヴェロニクが三行半をつきつける、口ばかり達者で実行力皆無のうだうだ男にして現代音楽おたくの元彼ジャン=ピエールだって、後半は「けっこういいヤツじゃん」に変貌するし、彼の伝書鳩をこよなく愛する叔父さんのエピソードなんてほのぼのの塊なんです。どーした、ダン・ローズ!? 肩をつかんで揺すってやりたいほど、軽妙でユーモラスでラブリィな物語になってんですよ。
という意味では、肩すかしなんではありますが、しかし、作家にとって自己模倣は禁物です。むしろ『ティモレオン』とはまるで別種の作品を書いて、しかも、これはこれで面白いという点こそを評価すべきでありましょう。ヴェロニクが元プリンセス殺害という危急存亡の秋をどうやって乗りきるのかは、読んでのお楽しみ。ヴェロニク&エステルの能天気コンビの可愛さに、くすくす笑いが止まりません。「バッカだねー」と呆れながらも好きにならずにいられませんの。悪役が一人も登場しないダン・ローズの新世界を素直に楽しんでみて下さい。――あ、でも、世界中が嘆き悲しんだ超人気者の死を扱って、これだけ楽しい小説にしちゃうってとこが、ダン・ローズの悪意!? やはり油断ならん才能ってことなんでありましょう。
【この書評が収録されている書籍】
二四七。この呪いのページ(於単行本)に至るや、万国のケモノバカ暴動必至。コウクロフト、死ねっ。似非ボスニア野郎、死ねっ、百回死ねっ。呪詛を吐きちらしたもんでございます。今でも思い出すたび、呪怨の彼方。徹頭徹尾、読者の「こうなってほしい」という甘い期待を裏切る小説なんですよ。なのに、傑作。それが悔しい。傑作なのが悔しい小説なんて、これまで生きて読んできて初めてだったんですの。現実の持つ凄まじく暴力的な不条理性を示す、寓話のトーンで語られたこのハイパーリアリズム小説、だから未読の人は走れ書店へ。でもって、泣いた赤鬼化しちゃってくんなまし。
その『ティモレオン』の作者ダン・ローズの新作だってんですもの、すぐに飛びつきましたですよ。「ああ〜ん、またオデをとことんズンドコな気持ちにさせてぇ」なんつーMな気分で。なのに……。ページをめくってもめくっても、イヤなことが起きませんの。ちっともズンドコになりませんの。むしろ、なんてーの? スマイル? &スマイル? てか、ハートウォーミング? んな感じ。
恋人との別れを決意し、愛犬と共に白いフィアット・ウノに乗り込んで家路につくも、ワインのガブ飲みとマリファナ大量吸引で頭の中はへろへろ。はっきりした記憶のないまま、翌日車を見ると接触事故の痕跡が。折しもテレビではダイアナ妃の事故死のニュースが流れている。〈「マジ?」ヴェロニクはつぶやいた。「あたし、プリンセスを殺しちゃった」〉という出だしこそブラックなものの、主人公のヴェロニクはもちろんのこと、ぶっ飛んだ親友エステルをはじめとする脇役連中もとってもチャーミングなんですの。ヴェロニクが三行半をつきつける、口ばかり達者で実行力皆無のうだうだ男にして現代音楽おたくの元彼ジャン=ピエールだって、後半は「けっこういいヤツじゃん」に変貌するし、彼の伝書鳩をこよなく愛する叔父さんのエピソードなんてほのぼのの塊なんです。どーした、ダン・ローズ!? 肩をつかんで揺すってやりたいほど、軽妙でユーモラスでラブリィな物語になってんですよ。
という意味では、肩すかしなんではありますが、しかし、作家にとって自己模倣は禁物です。むしろ『ティモレオン』とはまるで別種の作品を書いて、しかも、これはこれで面白いという点こそを評価すべきでありましょう。ヴェロニクが元プリンセス殺害という危急存亡の秋をどうやって乗りきるのかは、読んでのお楽しみ。ヴェロニク&エステルの能天気コンビの可愛さに、くすくす笑いが止まりません。「バッカだねー」と呆れながらも好きにならずにいられませんの。悪役が一人も登場しないダン・ローズの新世界を素直に楽しんでみて下さい。――あ、でも、世界中が嘆き悲しんだ超人気者の死を扱って、これだけ楽しい小説にしちゃうってとこが、ダン・ローズの悪意!? やはり油断ならん才能ってことなんでありましょう。
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