書評
『タイドランド』(角川書店)
もう六年も前のこと(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)。CSのブックレビュー番組で、わたくしはその月のイチオシ作品として、ジャック・ケッチャム『隣の家の少女』(扶桑社ミステリー)を挙げたんでした。そしたら、共演者の書評家から「こんなもん読ませんじゃねーよっ!」と大変な不興をかってしまった次第。まあ、怒るのも無理はないんですけど。それはそれは読み心地の悪い、実に不快な小説なので。
けどね、人間、時には自分の中にもある昏い何かと直面させられるような本だって読んだほうがいいんですよ。純愛ストーリーに涙垂れ流して安易に癒されたような気になってっと若年性痴呆症になっちまうぞ、おい。そういうことなんであります。
わたくし、それを読んでしまったが最後、世界のあらゆるものが反転して見えてしまうような小説が大好物なんでございますの。きれいなものの陰にある醜い何かが垣間見えたり、その逆で陰惨な出来事から美徳が浮かび上がってくる。それまで自分の見たいように見ていた都合のいい主観的世界ではない、むき出しの、それゆえに歪(いびつ)な世界。昏い何かを描いた小説ってのは、読み手の慣習によって曇った目を浄化し、生ぬるい小説が隠蔽してしまっているタブーを陽の下にさらけ出してくれるんです。
ミッチ・カリン『タイドランド』は、まさにそんな作品。語り手は十一歳の少女ジェライザ=ローズ。麻薬の過剰摂取で母親が死に、六十七歳の父親に連れられて、テキサスにある祖母の家に行きます。ところが、住む人を失って廃屋同然と化しているその屋敷で、父親もまた死亡。普通の展開だと、涙なくしては読めない孤児の物語に流れていくわけですけど、しかし、この小説ではそうなりません。
ジェライザが養蜂家のような帽子をかぶった〈幽霊女〉と出会うことからゆっくり動き始める物語の中には、多くの人が眉をひそめたり忌避したがる、薄気味悪かったり気色悪かったりアンタッチャブルなエピソードや描写が頻出します。出てくるのはフリークス的な人物ばかりです。学校に通ったこともなく、太ったヤク中の母親の世話をさせられて育ったジェライザの目を通してみる世界は、だから、わたしたちのものとはまるで違います。けれど、少女の虚実の境目を気にしない奔放な想像力のフィルターを通したそれは、時に驚くほど美しいビジョンも見せてくれるのです。
きれいは汚い、汚いはきれい。死者と他者の存在が許されない反転のユートピア、タイドランドへようこそ。くだらない純愛小説でたまった涙をここで乾かしちゃって下さいまし。
【この書評が収録されている書籍】
けどね、人間、時には自分の中にもある昏い何かと直面させられるような本だって読んだほうがいいんですよ。純愛ストーリーに涙垂れ流して安易に癒されたような気になってっと若年性痴呆症になっちまうぞ、おい。そういうことなんであります。
わたくし、それを読んでしまったが最後、世界のあらゆるものが反転して見えてしまうような小説が大好物なんでございますの。きれいなものの陰にある醜い何かが垣間見えたり、その逆で陰惨な出来事から美徳が浮かび上がってくる。それまで自分の見たいように見ていた都合のいい主観的世界ではない、むき出しの、それゆえに歪(いびつ)な世界。昏い何かを描いた小説ってのは、読み手の慣習によって曇った目を浄化し、生ぬるい小説が隠蔽してしまっているタブーを陽の下にさらけ出してくれるんです。
ミッチ・カリン『タイドランド』は、まさにそんな作品。語り手は十一歳の少女ジェライザ=ローズ。麻薬の過剰摂取で母親が死に、六十七歳の父親に連れられて、テキサスにある祖母の家に行きます。ところが、住む人を失って廃屋同然と化しているその屋敷で、父親もまた死亡。普通の展開だと、涙なくしては読めない孤児の物語に流れていくわけですけど、しかし、この小説ではそうなりません。
ジェライザが養蜂家のような帽子をかぶった〈幽霊女〉と出会うことからゆっくり動き始める物語の中には、多くの人が眉をひそめたり忌避したがる、薄気味悪かったり気色悪かったりアンタッチャブルなエピソードや描写が頻出します。出てくるのはフリークス的な人物ばかりです。学校に通ったこともなく、太ったヤク中の母親の世話をさせられて育ったジェライザの目を通してみる世界は、だから、わたしたちのものとはまるで違います。けれど、少女の虚実の境目を気にしない奔放な想像力のフィルターを通したそれは、時に驚くほど美しいビジョンも見せてくれるのです。
きれいは汚い、汚いはきれい。死者と他者の存在が許されない反転のユートピア、タイドランドへようこそ。くだらない純愛小説でたまった涙をここで乾かしちゃって下さいまし。
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