書評
『アナンシの血脈』(角川書店)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
こうして、目の前に父親そっくりの性格の兄弟スパイダーが現れてからの展開はシチュエーション・コメディさながらの面白さです。ハンサムで、おまけに魔法が使えるスパイダーは、やりたい放題。チャーリーの婚約者まで奪ってしまいます。怒り心頭に発したチャーリーが、スパイダーを追い出すために、ミセス・ヒグラーの力を借りて異世界へと赴き、不気味な鳥女と契約を果たすも――。アフリカ神話に出てくる、トンチと機転で敵をあざむくトリックスターのような神さま、アナンシの血を受け継いだ男の受難をテンポのよい筋運びとユーモア溢れる筆致で描いており、愉快痛快。ミステリーの趣向まで取り込んで、サービス満点のエンターテインメントになっているのです。
でも、それだけに終わりません。作者はさまざまな神話を織り込むことで、自分らしく生きるってどういうことなのかという、人生の重大事についても謳いあげてみせるのです。
〈みんな自分の歌をもっている。この世で、ほかの人がつくる歌とは違う。その歌は、その歌だけの旋律と歌詞をもっている。自分の歌がちゃんと歌える人はほとんどいない。ほとんどの人は、自分の声ではその歌の魅力を引き出せないんじゃないかと、おびえている〉
一人の青年が自分の歌と声を見つけるまでを描いた、ビルドゥングスロマンとしても秀逸。万人におすすめできるマジカルな傑作なのです。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
愉快痛快! 万人にオススメのマジカルな傑作
超人気アメリカンコミック『サンドマン』(インターブックス)の原作者にして、世界幻想文学大賞やヒューゴー賞といったSFやファンタジーの傑作に与えられる名だたる賞を総なめにしている作家、二ール・ゲイマン。その最新作が、すごく賑やかなファンタジー『アナンシの血脈』です。主人公はファット・チャーリー。何をやっても冴えない、魅力があるとはお世辞にもいえない青年です。そのチャーリーが、父親の葬儀で近所の老婦人ミセス・ヒグラーに「あんたの父さんは、神さまなんだよ」と告げられるところから、この破天荒な物語の幕が開きます。周囲の人々を魅了せずにはおかないモテモテ男の父親も、チャーリーにとっては恥ずかしいことばかりしでかす変人にすぎません。その父親が神さまだって? もちろん、チャーリーは笑い飛ばします。ところが、ミセス・ヒグラーはもうひとつの驚天動地の新事実をチャーリーに告げるのです、あんたには兄弟がいて、「もしあの子に会いたいんなら、クモにそういえばいい。そしたら、すぐに姿をあらわすよ」。つい、酒に酔った勢いでクモに話しかけてしまうチャーリー。こうして、目の前に父親そっくりの性格の兄弟スパイダーが現れてからの展開はシチュエーション・コメディさながらの面白さです。ハンサムで、おまけに魔法が使えるスパイダーは、やりたい放題。チャーリーの婚約者まで奪ってしまいます。怒り心頭に発したチャーリーが、スパイダーを追い出すために、ミセス・ヒグラーの力を借りて異世界へと赴き、不気味な鳥女と契約を果たすも――。アフリカ神話に出てくる、トンチと機転で敵をあざむくトリックスターのような神さま、アナンシの血を受け継いだ男の受難をテンポのよい筋運びとユーモア溢れる筆致で描いており、愉快痛快。ミステリーの趣向まで取り込んで、サービス満点のエンターテインメントになっているのです。
でも、それだけに終わりません。作者はさまざまな神話を織り込むことで、自分らしく生きるってどういうことなのかという、人生の重大事についても謳いあげてみせるのです。
〈みんな自分の歌をもっている。この世で、ほかの人がつくる歌とは違う。その歌は、その歌だけの旋律と歌詞をもっている。自分の歌がちゃんと歌える人はほとんどいない。ほとんどの人は、自分の声ではその歌の魅力を引き出せないんじゃないかと、おびえている〉
一人の青年が自分の歌と声を見つけるまでを描いた、ビルドゥングスロマンとしても秀逸。万人におすすめできるマジカルな傑作なのです。
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