書評

『サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命』(日経ナショナル ジオグラフィック)

  • 2024/10/01
サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命 / ジョエル・ウォーナー
サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命
  • 著者:ジョエル・ウォーナー
  • 翻訳:金原 瑞人,中西 史子
  • 編集:ナショナル ジオグラフィック
  • 出版社:日経ナショナル ジオグラフィック
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(360ページ)
  • 発売日:2024-06-13
  • ISBN-10:4863135696
  • ISBN-13:978-4863135697
内容紹介:
手稿の受難、サド自身の波乱の生涯、投機詐欺──三本の糸がからみあい、最後にすべてが収束する。まるでミステリー小説のようなノンフィクション!フランス革命のどさくさにまぎれ、バステ… もっと読む
手稿の受難、サド自身の波乱の生涯、投機詐欺──
三本の糸がからみあい、最後にすべてが収束する。
まるでミステリー小説のようなノンフィクション!

フランス革命のどさくさにまぎれ、バスティーユ監獄から盗み出された世紀の問題作『ソドムの百二十日』。マルキ・ド・サドが紙を貼り継ぎ、獄中で密かに綴った小説の直筆原稿はいくども歴史から消える危機に直面しながら、無名の好事家、性の革命家やシュルレアリスムのパトロン、エロティカ蒐集家などの間を渡り歩き、持ち主の生涯を狂わせてきた。
手稿が当局の目を避けるように歴史のはざまをたゆたっている頃、手紙や直筆原稿を扱うビジネスがヨーロッパで成熟していく。パリの切手専門店で珍しい「気球便」と出合い魅了されたレリティエという男は、猛然と手紙類の蒐集を始めた。さらには伝統的な直筆原稿市場に乗り込み、ビジネスの拡大を画策する。
21世紀に入り、フランス政府は国外に持ち出されていた『ソドムの百二十日』を買い戻して国宝に指定する計画を進めていた。交渉がまとまるその直前、フランス政府の鼻先を掠めて手稿を手に入れたのが、レリティエだった。そしてこの『ソドムの百二十日』手稿が、フランス全土を揺るがす事件の震源となる──

手稿をめぐる歴史的な狂騒を、エロティカ蒐集家・芸術パトロン・手稿ディーラー・サドの子孫といった個性的な人物たち、「直筆原稿市場」形成秘話、手稿投機会社とフランス政府の対立などが彩る。

数奇に数奇重ね…ノンフィクション

フランスではこれまでオートグラフ(自筆原稿、手紙)は書籍とは別のジャンルとして市場を形成してきた。奥行きが深い割にマーケット(市場参加者)が限られた世界である。いや、正確には「あった」というべきだろう。というのも保険ブローカーだったジェラール・レリティエが一九九〇年にオートグラフ専門の買取・販売会社「アリストフィル社」を設立して以来、マーケットは異常なほどに拡大し、オークション・プライスも二〇一四年までは高騰しつづけてきたからである。

レリティエは切手専門店で普仏戦争時に包囲されたパリから写真家、ナダールの熱気球で運ばれた手紙を見つけ、歴史的に重要なオートグラフを出資対象として売り込む投資会社の設立を思いつく。ビジネスモデルは入手したオートグラフに共同所有権を設定し、これを証券化して販売するというものである。

契約書には共同所有者は五年後にアリストフィル社に保有の共同所有権の買い取りを要請できると記されている。その間、オートグラフの価格は大幅に上昇するはずだ。アリストフィル社が価値を宣伝し知名度を上げるからだ。さらに重要な理由がある。「地球上の人口は増え続けているが、手書きで文章を書く人の数がどんどん減少している」。つまりパソコン、Eメールなどの普及で手書き文字は今後増えることはないからオートグラフの価値は上がりこそすれ下がることはないという理屈である。

世界的な低金利の波にも後押しされてアリストフィル社は急成長し、レリティエは大富豪となった。その最盛期に、レリティエはサド侯爵がバスティーユ監獄で羊皮紙に書いた天下の奇書『ソドムの百二十日』のオートグラフの購入を持ちかけられ、フランス国立図書館と競り合ってこれを手に入れたのである。著者はこの出会いから着想して三つのストーリーを三本の糸として縒(よ)り合わせてノンフィクションを書くことを思いついたにちがいない。すなわち(1)サド侯爵の運命。(2)バスティーユから盗みだされて以来、数多くのオートグラフ収集家の手を経てレリティエの手に入るまでの『ソドムの百二十日』の手稿の数奇な運命。(3)この奇書を入手したとたんに反転しはじめたレリティエの運命。

このうち私にとって興味があるのはなんといっても(2)だろう。オートグラフの世界は狭くて深いが、『ソドムの百二十日』という超過激な作品の手稿の買い手を見つけるのはさらなる困難を伴うからだ。なにしろ買い手は(1)大金持ち(2)手稿専門のコレクター(3)エロス関係に特化している収集家という三つの条件をクリアーしなければならず、売買は秘密裏の相対(あいたい)取引にならざるをえない。

つまり、『ソドムの百二十日』の手稿は初めから数奇な運命を辿ることを定められており、ときに手稿の所有者の人生さえ狂わすことがあるのだが、果たして、証券化の発明者レリティエはこの宿命を免れることができるのか?

ノンフィクションとしての読みどころはまさにここにあるが、その一方、AI化の進展により、いずれ希少価値のあるすべての分野が覆われるだろう金融証券化の波の到来を予想した予言の書とも読めてしまうところが不気味である。
サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命 / ジョエル・ウォーナー
サド侯爵の呪い 伝説の手稿『ソドムの百二十日』がたどった数奇な運命
  • 著者:ジョエル・ウォーナー
  • 翻訳:金原 瑞人,中西 史子
  • 編集:ナショナル ジオグラフィック
  • 出版社:日経ナショナル ジオグラフィック
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(360ページ)
  • 発売日:2024-06-13
  • ISBN-10:4863135696
  • ISBN-13:978-4863135697
内容紹介:
手稿の受難、サド自身の波乱の生涯、投機詐欺──三本の糸がからみあい、最後にすべてが収束する。まるでミステリー小説のようなノンフィクション!フランス革命のどさくさにまぎれ、バステ… もっと読む
手稿の受難、サド自身の波乱の生涯、投機詐欺──
三本の糸がからみあい、最後にすべてが収束する。
まるでミステリー小説のようなノンフィクション!

フランス革命のどさくさにまぎれ、バスティーユ監獄から盗み出された世紀の問題作『ソドムの百二十日』。マルキ・ド・サドが紙を貼り継ぎ、獄中で密かに綴った小説の直筆原稿はいくども歴史から消える危機に直面しながら、無名の好事家、性の革命家やシュルレアリスムのパトロン、エロティカ蒐集家などの間を渡り歩き、持ち主の生涯を狂わせてきた。
手稿が当局の目を避けるように歴史のはざまをたゆたっている頃、手紙や直筆原稿を扱うビジネスがヨーロッパで成熟していく。パリの切手専門店で珍しい「気球便」と出合い魅了されたレリティエという男は、猛然と手紙類の蒐集を始めた。さらには伝統的な直筆原稿市場に乗り込み、ビジネスの拡大を画策する。
21世紀に入り、フランス政府は国外に持ち出されていた『ソドムの百二十日』を買い戻して国宝に指定する計画を進めていた。交渉がまとまるその直前、フランス政府の鼻先を掠めて手稿を手に入れたのが、レリティエだった。そしてこの『ソドムの百二十日』手稿が、フランス全土を揺るがす事件の震源となる──

手稿をめぐる歴史的な狂騒を、エロティカ蒐集家・芸術パトロン・手稿ディーラー・サドの子孫といった個性的な人物たち、「直筆原稿市場」形成秘話、手稿投機会社とフランス政府の対立などが彩る。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2024年9月28日

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