後書き

『世界で読み継がれる子どもの本100』(原書房)

  • 2020/11/19
世界で読み継がれる子どもの本100 / コリン・ソルター
世界で読み継がれる子どもの本100
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:金原 瑞人,安納 令奈
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(364ページ)
  • 発売日:2020-10-22
  • ISBN-10:4562057947
  • ISBN-13:978-4562057948
内容紹介:
奇想天外な大冒険、ファンタジー、恐ろしいお話、空想の世界……。子どものために描かれた愛すべき名作100点を書影とともに紹介。
あなたの「なつかしい一冊」はなんですか?
『アンデルセン童話集』、『トム・ソーヤーの冒険』、『アルプスの少女ハイジ』、『ピーターラビットのおはなし』、『秘密の花園』、『ぞうのババール』、『ホビットの冒険』、『長くつ下のピッピ』、『くまのパディントン』、『かいじゅうたちのいるところ』、『チョコレート工場の秘密』 、〈ハリー・ポッター〉シリーズ、〈世にも不幸なできごと〉シリーズ、『怪物はささやく』……
金原瑞人さん翻訳の新刊『世界で読み継がれる子どもの本100』では、19世紀に刊行された古典的作品から、時代を画す傑作、長く読み継がれてきた童話や、映画化された話題のヤングアダルト小説、21世紀のダークファンタジーまで、将来に残したい本、世界的ベストセラー、後代に影響を与えた本など100点を初版を含む書影とともにガイドします。
物語の世界、作家、シリーズ作品、作品がどう評価されたか、影響関係や時代背景などを簡潔かつていねいに説明しています。
「訳者あとがき」を公開します。

グリム童話からハリー・ポッターまで


この手のガイドブックは大好きで、日本のものも海外のものも手元にたくさんあるし、自分でも〈12歳からの読書案内〉や〈10代のためのYAブックガイド〉のシリーズや、『13歳からの絵本ガイド』などの監修をしてきた。しかし、本書はそういう児童書のブックガイドとはちょっと違う。
そもそも各作品を紹介するスタンスが違う。それで前書き(「はじめに」)を読んで、納得してしまった。なんと、取り上げる作品を著者が選んでいないのだ。

お褒めの言葉(あるいはクレーム)はすべて、パヴィリオンブックス社のスタッフにお伝えいただきたい。幼少時代に読んだ本のリストを作ったのは彼らだから。

この手のブックガイドでは、まずあり得ない。つまり、著者は児童書の研究者でもなければ、マニアックな愛好家でもないのだ。そう、コリン・ソルターはライターなのだ。パヴィリオンブックス社のプロフィールでは、a history andscience writer と紹介されている。
ヒストリー・ライターやサイエンス・ライターは日本ではあまり知られていないが、英語圏ではとても人気のある文筆業だ。歴史や科学の研究者ではないが、それについて非常に広い知識と深い関心を持ち、一般の人が興味を持ちそうなテーマを取り上げ、一般の人にもわかるように、おもしろく書くのが仕事だ。
コリン・ソルターは最近、英語圏で大人気のライターで、日本でも、『世界を変えた100のスピーチ』『歴史を変えた100冊の本』『世界で一番美しい植物のミクロ図鑑』などが翻訳されている。どれも、おもしろい。つまり、客観的、科学的な部分をきっちり押さえたうえで、読み物としておもしろく書かれているのだ。

この『世界で読み継がれる子どもの本100』も、そこが楽しい。
児童書のガイドブックというと、紹介を書いた人の個人的な思い入ればかりが先だって、読むのがつらいものがあるかと思えば、歴史的な事実や資料ばかりで、研究者にはありがたいが一般の読者には無用なものもある。
本書は、取り上げられた本の児童書としての価値(もちろん、時代によって変わってくる)、歴史的な背景、きわだった特徴、後の児童書への影響などがバランスよく書かれているだけでなく、紹介のひとつひとつが一編のエッセイのように仕上がっているのだ。よくこれだけの情報を詰めこんで、こんなにうまくまとめられるものだと思う。
だから作品によって紹介のスタイルがそれぞれに異なっている。
たとえば、『トム・ソーヤーの冒険』だと、作品そのものの紹介より作者、マーク・トウェインの生涯やその文学的な影響力についての説明のほうが多い。じつに的確な判断だと思う。また、『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』では、18世紀に発明され、20世紀初めまで建築機械として大活躍したスチーム・ショベルの歴史が最初に語られる。それから、1930年代、ディーゼル・エンジンの登場によって使われなくなっていくショベルカーを主人公にした話へと続く。
『風にのってきたメアリー・ポピンズ』の映画化権をめぐっての、作者とウォルト・ディズニーのやりとりも興味深い。「ウォルト・ディズニーがP・L・トラヴァースを説得し、映画『メリー・ポピンズ』制作の許可を得るまでに費やした年月は20年」とのこと。『ホビットの冒険』の項でも、作者トールキンが第一次世界大戦で熾烈なソンムの戦いを経験したこと、そのときのことが作品に影響を与えたのかもしれないことなどが記されている。
また、『アンデルセン童話集』の項では、案外と知られていないチャールズ・ディケンズとの交友に関するエピソードが紹介されている。

アンデルセンとディケンズは、ふたりとも社会の貧しく目立たない人々を書いていたので、お互いに尊敬の念を抱いていた。だが、2度目の訪問のとき、アンデルセンはディケンズの家に長居して嫌がられ、滞在して5週間目に出ていってくれといわれた。それ以来、ディケンズがアンデルセンからの手紙に返事をすることはなかった。

歴史的な裏付けや、最新の情報なども盛りこまれている。
・ シリーズ本のなかで、R・L・スタインの〈グースバンプス〉シリーズ全62巻は、J・K・ローリングの〈ハリー・ポッター〉シリーズに次いで世界の売り上げ第2位である。
・ ある朝、地面から顔を出したとたん頭にうんちを落とされたモグラの話が、刊行から30年で300万部を売り上げている。現在までのところ33か国の言語に翻訳され、世界中の子どもたちがモグラのちょっとした不幸なできごとを読んで笑っているのだ。

取り上げられている作品はシャルル・ペローやグリム兄弟のものから、『グレッグのダメ日記』、『ハンガー・ゲーム』、『怪物はささやく』といった最近の作品まで。なかでも、アルベール・ラモリスの『赤い風船』やマーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』が取り上げられているのはうれしい。ただ、これはコリン・ソルターではなく、パヴィリオンブックス社のスタッフのお手柄だが。
もちろん、各作品の魅力や、長い間読み継がれている理由などについても、簡潔に、的確に書かれているので、それは本文を読んで確認していただきたい。

さて、本書を訳すにあたっては調べられることは調べて確認し、原書で明らかに違っているところは訂正し、日本人になじみのないことについては補足的な説明を加えたりしてあります。ただ、膨大な量の情報がふくまれているので、調べきれていないこともあれば、作者や訳者の事実誤認もあるかと思われます。お気づきの点などあれば、どうぞ、編集部までお知らせください。
また、本書は、安納令奈、池本尚美、市村かほ、佐々木早苗、笹山裕子、中西史子、中野眞由美が訳し、それを金原がまとめたもので、最終的な責任は金原にあります。

[書き手]金原瑞人(翻訳家)
世界で読み継がれる子どもの本100 / コリン・ソルター
世界で読み継がれる子どもの本100
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:金原 瑞人,安納 令奈
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(364ページ)
  • 発売日:2020-10-22
  • ISBN-10:4562057947
  • ISBN-13:978-4562057948
内容紹介:
奇想天外な大冒険、ファンタジー、恐ろしいお話、空想の世界……。子どものために描かれた愛すべき名作100点を書影とともに紹介。

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