書評
『世界を変えた100の手紙 上: 聖パウロからガリレオ、ゴッホまで』(原書房)
戦争、科学、芸術…放たれる強い思い
手紙には何か知りたいことが隠れていそうな気がする。本来宛先の人だけが読むものであり、そこには送り手の強い思いがこめられているからである。公的な手紙、公開を意識して書かれたものもあるが、それでも人間や生活を感じさせるところがあり、手紙を通して歴史を見るのは面白い。ガリレオ・ガリレイの自作望遠鏡による木星の四つの衛星の発見は、近代科学の始まりとされる。これが、ヴェネツィア共和国の総督レオナルド・ドナートへの手紙に書かれているのだ。大学で研究できることに感謝した後、「この発明品は殿下のほかにはまだ誰にも見せておりません」「この望遠鏡を使えば、敵国の船の乗員が目視でこちらの船を発見する2時間前に相手を発見できる……」とある。望遠鏡を軍事に有用と語る手紙の余白に、木星と四つの月が描かれているのだ。科学は始まりからこうだったのかと考え込む。
ピエール・キュリーは、ポーランドからやって来たマリアに結婚を申し込むが断られる。その後スイスに移ったマリアから届いた短い手紙に喜び、慎重な手紙を書く。「祖国についてのあなたの夢、人道的な問題に関する私たちの夢、科学者としての私たちの夢――を実現させるために人生を共に過ごせたらすばらしい」と。ここで彼が「たくさんの夢の中でいちばん最後にあるのは法律に関するものです」と書いているのは、ロシア帝国の一部であったポーランドでは自由に研究できずにパリに来たマリアを思ってのことだろう。問題意識は今の科学者と同じである。
社会の転換を求める手紙もある。ニューヨーク・トリビューン紙を創刊した編集者で奴隷制廃止論者のH・グリーリーがリンカーンに出した公開質問状と回答を見よう。「あなたからはかすかに短気さと尊大さが感じられます」と始まる手紙でリンカーンは、アメリカ大統領としては奴隷制の問題よりも南部諸州が連邦から分離しないよう合衆国を守ることが重要だと書く。ただ最後に「私個人としては(中略)世界のどこにあってもすべての人間は自由であるべきだという信念に少しの迷いもない」とある。この時すでに「奴隷解放宣言」は起草されていたのだ。
恋文や遺書もあれば内部告発、機密漏洩、獄中からの手紙など事件絡みのもの、時には偽の手紙、送られなかった手紙もある。いずれもカラー写真が掲載されており、文字はもちろん、インクや紙の様子から書いた人、受け取った人、そして時代を感じ取れる。
たとえば一九六二年。二月にデッカ・レコードからビートルズのマネージャーに送られたオーディション不合格通知は、残念ながら失われてしまったが、「ギターを演奏して歌う4人グループでは、ヒットは期待できません」と書いてあったそうだ。その年の十月二十六日、キューバ危機の中でフルシチョフからケネディに「いったん始まれば、戦争というものは村や町の中を猛進し、あらゆる場所に死と破壊をまき散らすまで終わらない」と和解を求める個人的な手紙が出された。翌日ケネディの返信が送られて危機は回避された。その後核回避ホットラインが設置されたのである。
紹介したいエピソードは尽きないが、特に心に残るのはグラハム・ベルとヘレン・ケラーの間で生涯交わされ続けたという手紙だ。
【下巻】
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