後書き

『世界を変えた100のスピーチ 上』(原書房)

  • 2020/10/13
世界を変えた100のスピーチ 上 / コリン・ソルター
世界を変えた100のスピーチ 上
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:大間知 知子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(299ページ)
  • 発売日:2020-09-19
  • ISBN-10:4562057866
  • ISBN-13:978-4562057863
内容紹介:
力強い言葉は魂をゆさぶり、人々に訴えかけ、ときに世界を動かす。リンカーンからJFKまで名演説を歴史的背景とともに紹介する。
力強いメッセージは人々の胸を打ち、聴衆を魅了し、ときに世界を動かすことがある。
リンカーン、ガンディー、ケネディ、ジョン・レノン、アームストロング船長(アポロ11号)、スティーブ・ジョブズ、マララ・ユスフザイなど、ある時代の「顔」というべき人物たちによる、聴く者を奮い立たせるようなスピーチを収録した書籍、『世界を変えた100のスピーチ』(上下)が9月に刊行された。困難に挑戦し、社会通念を打ち破り、歴史の流れを変えた、感動的で考えさせられるスピーチを歴史的背景や写真とともに紹介している。本書の「訳者あとがき」を特別公開する。

魂をゆさぶる世紀の名スピーチ

演説には人を動かし、世界を変える力がある。
国家や世界の平和が脅かされたとき、あるいは大義や理想が踏みにじられようとするとき、人々は言葉を武器に闘いを挑んできた。
時代を代表する演説を読むことで、これまで人々が何と闘い、何を勝ち取ってきたのかを知ることができる。
戦争、独裁、テロ、人種や性別による差別など、目の前に立ちはだかる壁を壊す必要があったとき、信念を持った指導者が立ち上がって声を上げ、その呼びかけに共鳴する人々が集結して、力を合わせて困難を乗り越えてきた。

本書には古代ギリシャから現代まで、2000年の歴史の中で語られた100の演説が集められている。
名演説家の誉れ高いウィンストン・チャーチルやオバマ大統領などの政治家の演説や、マーティン・ルーサー・キングのよく知られた「私には夢がある」の演説はもちろん、ジョン・レノンやエルビス・プレスリーのような歌手や、モハメド・アリのようなスポーツ選手、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツといった企業家の言葉まで、多彩な人物が顔を揃えた。
時代や地域も幅広く、前4世紀のソクラテスの演説から、アメリカの有名なテレビ司会者オプラ・ウィンフリーが近年のMeToo運動について語った2018年の演説まで、古典として知られる演説から最新の話題までまんべんなく選ばれている。

著者はそれらの演説をただ並べるだけでなく、誰が、どのような場面で、なぜそれを語ったのか、そして聴衆はそれをどう受け止め、どのように行動したのかを解説している。
時代背景や社会情勢だけでなく、語り手がその演説によって果たそうとした目的が詳しく解き明かされ、ときには語り手個人の苦悩や弱さまでが明らかにされる。
それによって歴史上の偉人や英雄もひとりの人間であり、歴史を作ってきたのは私たちと同じ人間であることが感じられるのである。

過去の演説に触れることは、現在と未来を見つめ直すことにつながる。
今の平和が当たり前ではないこと、自由と平等が誰かの苦闘によって勝ち取られたものであり、今もなおその闘いは終わっていないことがわかる。
平和、自由、平等、安全な社会を実現するために闘った人々の演説を読むことで、それから社会はどのくらい前進したのか、あるいは後退したのかを判断する基準を自分の中に持つことができるだろう。

演説の目的は、聴衆を説得し、何かを信じさせることだと著者は言う。
人はそれぞれの立場から見た真実と信念を語るが、聞き手は相手の隠された意図や欺瞞を見抜く目を持たなければ、簡単に信じ、扇動されてしまう。
本書には北米先住民の指導者の言葉もあれば、北米先住民の排斥を目的とした政治家の言葉もある。
奴隷制を正当化する演説も、奴隷制の廃止を訴える演説もある。
同時多発テロ事件をめぐってアメリカを非難するオサマ・ビンラディンの演説と、テロとの戦いを唱えるブッシュ大統領の演説を続けて読むことができる。
このように対立する意見を見比べることで、自分で考えて判断するための客観的で相対的な視野を養えるのではないだろうか。

本書に収められたのは偉人や英雄の名演説だけではない。
ビートルズへの激しいバッシングと悲劇的な暗殺の原因となったジョン・レノンの失言もあれば、スキャンダルに見舞われたビル・クリントンの謝罪の言葉もある。
野球選手としての絶頂期に不治の病に襲われ、それでも「自分は世界で一番幸せな男だ」と言い切ったルー・ゲーリックの引退演説には胸を打たれる。
1969年に50万人近いヒッピーが集まる伝説的な野外コンサート、ウッドストック・フェスティバルを実現させたのは、会場を提供した農場の持ち主が反対派を説き伏せるために放った「ここはアメリカだ」という一言だった。
こうした市井の人々の言葉は、素朴で飾り気がないからこそ、いっそう心を動かされる。
また、アメリカで公教育における人種の分離を違憲とした判決や、女性が中絶する権利を制限つきで容認した判決も紹介されている。
裁判官による感情を抑えた判決文は、声高に叫ばなくても、冷静で淡々とした弁論によって正しいと思うことを主張する言葉の力を感じさせる。

今あらためて読むことで、いっそう意義を増す演説がある。
1997年に香港を中国に返還するにあたって、香港最後のイギリス人総督クリス・パッテンは「一国二制度」の存続を願い、香港の人々が大切にする価値観を称える演説をした。状況が当時と大きく変わった今、この演説をしたパッテンは何を思っているだろうか。

1588年にエリザベス一世はスペイン無敵艦隊の侵略に対抗するため、兵士を鼓舞する演説を行なった。そのときエリザベス一世はすでに女王として長い経験があったにもかかわらず、「私は確かにひ弱な女の体を持っている」と認め、それでも王にふさわしい心と気概を持っているのだと主張しなければならなかった。
それから450年近くたった20185年に、オプラ・ウィンフリーは女性を抑圧し、不当に扱ってきた男性たちについて触れ、「彼らの時代は終わりです」と宣言した。
しかし、現代にはいまだに「ひ弱な女」に対する偏見や差別が残っているし、人種や人権の問題も完全に解決されたわけではない。
そうした問題は現代に生きる私たちに託されたのであり、バトンを受け取った私たちは、過去の人々の言葉の中に、未来を生きるための力と指針を見つけることができるだろう。
本書を手に取ってくださったみなさんが、演説家の懸命な思いに想像をめぐらせ、その場に居合わせた聴衆のひとりになったような気持ちで彼らの言葉に耳を傾けてくだされば幸いである。

[書き手]大間知 知子(翻訳家)
世界を変えた100のスピーチ 上 / コリン・ソルター
世界を変えた100のスピーチ 上
  • 著者:コリン・ソルター
  • 翻訳:大間知 知子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(299ページ)
  • 発売日:2020-09-19
  • ISBN-10:4562057866
  • ISBN-13:978-4562057863
内容紹介:
力強い言葉は魂をゆさぶり、人々に訴えかけ、ときに世界を動かす。リンカーンからJFKまで名演説を歴史的背景とともに紹介する。

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