後書き
『テキーラの歴史』(原書房)
いわゆる「世界4大スピリッツ」とは、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラとされる。あまり知られていないが、日本はテキーラの国別輸入量で堂々の世界6位、とくに高級テキーラの輸入量の伸びが著しい(日本食糧新聞 2019/3/13の報道より)。
一気飲みして頭を振ってウェーイ!と叫ぶのはもう昔の話。プレミアムテキーラを静かに楽しむ人が増えている。マニアックな『「食」の図書館』シリーズの一冊、『テキーラの歴史』の訳者あとがきを公開する。
メキシコの蒸溜酒だということはある程度知られているかと思う。
おいしいカクテル、フローズン・マルガリータの材料であることを知っている人、それを飲んだことがある人もいるだろう。
だがそれ以上となると……サボテンから造る? のどが焼けるほど強い? たしか塩をなめながら飲む? 虫が入っているのでは? ……こんなところかもしれない。
しかし本書を読み進めば、こうした断片的なイメージは、完全に間違っているとは言えないまでも、かなり不正確なものだとわかってくる。
新石器時代に北アメリカ大陸から南下してきた先住民は、メキシコに自生していたアガベ(リュウゼツラン)の球茎が焼けたものを何らかのきっかけで口にし、それが空腹を満たす甘くておいしい食料になることを知り、たまたまアガベの樹液が醗酵してできた液体を飲んでみたらいい気分になることを発見したらしい。
世界のいたるところで、新石器時代の人類はムギやトウモロコシなど主食となる穀物をみつけ、知恵をしぼって改良し栽培に励んだわけだが、驚くのはそれに勝るとも劣らない創意と工夫をかさねてアルコール飲料を造りだしていることだ。
穀物を煮たものがたまたま醗酵し、それを搾った液を病人に飲ませたら元気になった、ということで薬として使われたのが始まりかもしれないが、飲んでみたら疲れがとれてなんだか楽しくなったからまた飲みたい、また造りたい、ということだったのかもしれない。
メキシコの先住民たちはスペインの植民地となってからも、アガベを原料とするテキーラやメスカルなどの地酒をほそぼそと造り続け、独立後は自分たちのアイデンティティのあかしとして誇りをもって造っている。
その一方で、植民地時代の大農園主が創設した大規模な蒸溜所や新規参入の企業もくわわり、今ではテキーラも年代物のスコッチやブランデーのような高級化が進んでいる。もはやテキーラは、宴会でてっとりばやく酔って騒ぐための強い安酒ではないのだ。
そのアガベを原料とする蒸溜酒の中でも、テキーラと名のることができるのは、ハリスコ州とその周辺でアガベ・テキラーナ・ウェベル・バリエダ・アスルという種類のアガベを原料として造られたものだけだ。
テキーラという名称はハリスコ州にあるテキーラ火山とそのふもとの町の名前に由来し、フランスのシャンパンのように原産地呼称制度で保護されている。
しかしメキシコには、認証されたテキーラの産地以外で別種のアガベを原料として造られた蒸溜酒もたくさんあり、それぞれがテキーラに続けと言わんばかりに独自の名称をかかげ、地域のプライドをかけて販路を開拓しつつあるようだ。
まるで日本の小都市で、小規模ながらも心をこめておいしい酒を造り続けている、誇り高い蔵元のようではないか。
ほとんどのテキーラ・メーカーは、誇りをこめて造りあげた自慢の製品を世界中に届けるため、いくつかある世界的な飲料企業グループのどれかと販売契約を結んでいる。
そのおかげで、メキシコから遠く離れた日本にいる私たちも、おいしいテキーラを味わうことができるわけだ。
ただし、テキーラのアルコール度数は40度ほどもあるから、いくらフローズン・マルガリータの口当たりがよくても、飲みすぎにはご注意を。
[書き手]伊藤はるみ(翻訳家)
一気飲みして頭を振ってウェーイ!と叫ぶのはもう昔の話。プレミアムテキーラを静かに楽しむ人が増えている。マニアックな『「食」の図書館』シリーズの一冊、『テキーラの歴史』の訳者あとがきを公開する。
テキーラを知っていますか?
テキーラについて、私たち日本人はどんなイメージをもっているだろうか。メキシコの蒸溜酒だということはある程度知られているかと思う。
おいしいカクテル、フローズン・マルガリータの材料であることを知っている人、それを飲んだことがある人もいるだろう。
だがそれ以上となると……サボテンから造る? のどが焼けるほど強い? たしか塩をなめながら飲む? 虫が入っているのでは? ……こんなところかもしれない。
しかし本書を読み進めば、こうした断片的なイメージは、完全に間違っているとは言えないまでも、かなり不正確なものだとわかってくる。
新石器時代に北アメリカ大陸から南下してきた先住民は、メキシコに自生していたアガベ(リュウゼツラン)の球茎が焼けたものを何らかのきっかけで口にし、それが空腹を満たす甘くておいしい食料になることを知り、たまたまアガベの樹液が醗酵してできた液体を飲んでみたらいい気分になることを発見したらしい。
世界のいたるところで、新石器時代の人類はムギやトウモロコシなど主食となる穀物をみつけ、知恵をしぼって改良し栽培に励んだわけだが、驚くのはそれに勝るとも劣らない創意と工夫をかさねてアルコール飲料を造りだしていることだ。
穀物を煮たものがたまたま醗酵し、それを搾った液を病人に飲ませたら元気になった、ということで薬として使われたのが始まりかもしれないが、飲んでみたら疲れがとれてなんだか楽しくなったからまた飲みたい、また造りたい、ということだったのかもしれない。
メキシコの先住民たちはスペインの植民地となってからも、アガベを原料とするテキーラやメスカルなどの地酒をほそぼそと造り続け、独立後は自分たちのアイデンティティのあかしとして誇りをもって造っている。
その一方で、植民地時代の大農園主が創設した大規模な蒸溜所や新規参入の企業もくわわり、今ではテキーラも年代物のスコッチやブランデーのような高級化が進んでいる。もはやテキーラは、宴会でてっとりばやく酔って騒ぐための強い安酒ではないのだ。
誇り高い蔵元のように
ウォッカの原料のジャガイモ、ウイスキーの原料である大麦やトウモロコシ、ワインの原料のブドウなどは世界各地で栽培できるが、テキーラの原料となるアガベはメキシコ以外ではほとんど生育していない。そのアガベを原料とする蒸溜酒の中でも、テキーラと名のることができるのは、ハリスコ州とその周辺でアガベ・テキラーナ・ウェベル・バリエダ・アスルという種類のアガベを原料として造られたものだけだ。
テキーラという名称はハリスコ州にあるテキーラ火山とそのふもとの町の名前に由来し、フランスのシャンパンのように原産地呼称制度で保護されている。
しかしメキシコには、認証されたテキーラの産地以外で別種のアガベを原料として造られた蒸溜酒もたくさんあり、それぞれがテキーラに続けと言わんばかりに独自の名称をかかげ、地域のプライドをかけて販路を開拓しつつあるようだ。
まるで日本の小都市で、小規模ながらも心をこめておいしい酒を造り続けている、誇り高い蔵元のようではないか。
ほとんどのテキーラ・メーカーは、誇りをこめて造りあげた自慢の製品を世界中に届けるため、いくつかある世界的な飲料企業グループのどれかと販売契約を結んでいる。
そのおかげで、メキシコから遠く離れた日本にいる私たちも、おいしいテキーラを味わうことができるわけだ。
ただし、テキーラのアルコール度数は40度ほどもあるから、いくらフローズン・マルガリータの口当たりがよくても、飲みすぎにはご注意を。
[書き手]伊藤はるみ(翻訳家)
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