書評

『ブルゴーニュの黄金の丘で ブレーさんのワイン造り12カ月』(ホーム社)

  • 2020/02/06
ブルゴーニュの黄金の丘で ブレーさんのワイン造り12カ月 / 辻 啓一
ブルゴーニュの黄金の丘で ブレーさんのワイン造り12カ月
  • 著者:辻 啓一
  • 出版社:ホーム社
  • 装丁:単行本(251ページ)
  • 発売日:1994-06-20
  • ISBN-10:4834250059
  • ISBN-13:978-4834250053
内容紹介:
四季折々に表情を変える葡萄畑の美しさ、民族衣裳の美女たち、ワインの仕込み…。ブルゴーニュの豊かな自然と、ワイン造りに情熱を傾ける農家の1年の暮らしを、新しいスタイルで描く写真日記。

ヴォルネー村での一年間の取材からワイン造りの秘密に迫る

私はワインが好きだ。日本酒もウィスキーもちかごろはほとんど口にしないが、ワインだけは生涯、飲みつづけたいものだと思っている。イタリアものも旨いのが多いし、スペインだってむろんワイン王国である。だが、いまのところ、私の部屋のワイン保冷庫に入っているのはフランス産のものが九割だ。ボルドー、ブルゴーニュ、ローヌ……いくらワイン学の本を読みかじっても、一向に知識のほうは進展しないまま、もっぱら友人や輸入業者のすすめに乗って、ほどほどの値段のものを買いこみ、ほどほどのペースで飲んでいる。

ワインはむずかしいという。研究の姿勢で立ち向かえば、たしかにワイン学は二年や三年で学士号が取れるようなものではないだろう。その点は、私などとうに諦めている。ごく大ざっぱに、ボルドーならどこのシャトーのどの産年がいいらしい、と見当ぐらいはつけるが、あとは専門家の意見に従う。それで十分だ。

だが、ことブルゴーニュとなると、見当さえつかないことが多い。複雑怪奇。ガイドブックのページをめくればめくるほど、溜息とともにそう呟くことになる。銘柄と産年だけではどうにもならないのだ。栽培業者と卸売商をちゃんと選ばないかぎり、ブルゴーニュ・ワインは決して満足できるものにめぐりあえないようにできている。高いものは旨い、という原理はたしかに確立しているが、知識があれば、そう高くなくて、何ヵ月もあとを引くほど旨いのを選ぶことができる。私の場合は、そこのところを全面的に他力にゆだねているわけだが。

そのむずかしいブルゴーニュ・ワインに、体ごとぶつかって書いたのが辻啓一氏の本だ。ガイドブックではない。体験記である。現在、辻氏はフランス在住の写真家であるようだが、一九七二年、グルノーブル大学に留学したのが氏のフランス事始めだった。十月末の新学年まで時間をもてあましてしまい、まったくの偶然から、ブルゴーニュ地方のヴォルネー村へ、葡萄摘みのアルバイトに行く。万事はそこから始まっている。

このときは、農業労働者としては失格だった。仕事が半人前の上、ワインを飲みすぎて前後不覚、二日酔いで使いものにならない。結局、自分から降りてしまった。ただ、お土産に、雇い主ブレー家の自家製ワインを一本もらった。これを日本まで持ち帰って、ある日飲んだ。旨かった。感激した。ヴォルネーこそ最高のワインと思った。これが、今度の本の原点だ。一九八九年九月、辻氏はフランスで生活する日本人写真家として、ヴォルネー村を再訪する。こうして、ワイン造りの現場の「定点観測」が開始される。

ブルゴーニュ・ワインの場合、名称によくクロ(clos)という語が使われる。石垣で囲われた葡萄畑のことである。これが、実際にはどんなふうになっているのか。そもそも、栽培家たちの持ち畑は、隣の畑とどういう具合に違っているのか。辻氏の実地検証はそこから始められる。ブルゴーニュ・ワインの格付けは複雑をきわめているが、いったい誰がどういう権限において呼称をきめるのか。不精な私でも、これはすぐにでも、なるほどと納得する形で知りたい。辻氏は勇敢にも、格付けの元締め、INAO(全国統一制呼称院)なる組織に直接取材している。

ワインの生産、販売は、現在ただいまの高度消費社会のシステムにがっちり組みこまれていて、さまざまな矛盾が噴き出している。農薬の問題も目を離せない(知らされてぎょっとなるような薬が使われている)。栽培家と卸売商との確執も絶えないし、それがじかに消費者の舌にもふところにも響いてくる。一年間、徹底取材をして、そうした問題を洗い出す一方、すべてを栽培業者ブレー家にしぼりこんで、汗の匂いのする楽しい交友録に仕上げているところがいい。鮮明なカラー写真がたくさん入っていて、さすがはプロ、と唸らされる。
ブルゴーニュの黄金の丘で ブレーさんのワイン造り12カ月 / 辻 啓一
ブルゴーニュの黄金の丘で ブレーさんのワイン造り12カ月
  • 著者:辻 啓一
  • 出版社:ホーム社
  • 装丁:単行本(251ページ)
  • 発売日:1994-06-20
  • ISBN-10:4834250059
  • ISBN-13:978-4834250053
内容紹介:
四季折々に表情を変える葡萄畑の美しさ、民族衣裳の美女たち、ワインの仕込み…。ブルゴーニュの豊かな自然と、ワイン造りに情熱を傾ける農家の1年の暮らしを、新しいスタイルで描く写真日記。

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