書評

『萩原朔太郎詩集』(岩波書店)

  • 2019/08/16
萩原朔太郎詩集 / 萩原 朔太郎
萩原朔太郎詩集
  • 著者:萩原 朔太郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(476ページ)
  • 発売日:1981-12-16
  • ISBN-10:4003106210
  • ISBN-13:978-4003106211
内容紹介:
「詩はただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである」といい、ひたすら感情の世界を彷徨しつづけた萩原朔太郎は、言葉そのもののいのちを把握した詩人として、日本の近代詩史上、無二の詩人である。代表作『月に吠える』『青猫』等より創作年次順に編まれた本詩集は、朔太郎(1886‐1942)の軌跡と特質をあますところなくつたえる。

日本語の官能性に酔う

十七歳のとき、旧制高校の上級生にすすめられて、萩原朔太郎の詩集をたてつづけに読んだ。「月に吠える」「青猫」「氷島」――戦争末期、勤労動員で鋳物工や電車の修理工をやらされ、空腹にも責められて頭がからっぽになっていた私は、敗戦後三年間の高校生活でいっぱしの文学青年に変身した。きっかけはいろいろあるが、朔太郎を読んだことが大きいのはたしかだ。

とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃(はり)の衣装をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさおの血がながれてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

「月に吠える」の「殺人事件」と題された詩である。現代日本語の、デカダンスがらみの官能性に、いきなり私は酔わされてしまった。

「わたしの憂鬱は羽ばたきながら/ひらひらと部屋中を飛んでゐるのです。」「私は物悲しい夢をみながら/古風な柱時計のほどけて行く/錆びたぜんまいの響を聴いた。/じぽ・あん・じやん! じぽ・あん・じやん!」――引き写していると、朔太郎の幼児性みたいなものが際立つが、十七歳の私には、これらの詩句が麻薬のように効いた。

「氷島」も好きだった。「まだ上州の山は見えずや。/夜汽車の仄暗(ほのぐら)き車燈の影に/母なき子供等は眠り泣き/ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。」――この「帰郷」という詩の悲壮調も、十代の私はそれなりに愛好した。しかし、朔太郎でこれ一本、となれば、やはり「青猫」である。

このあと私は、第一次大戦後のフランス文学に心酔する羽目になるのだが、無菌状態のあやうい頭脳にしみこんだ朔太郎の詩句は、二十代になってもいっこうに魔力を失わなかった。
萩原朔太郎詩集 / 萩原 朔太郎
萩原朔太郎詩集
  • 著者:萩原 朔太郎
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(476ページ)
  • 発売日:1981-12-16
  • ISBN-10:4003106210
  • ISBN-13:978-4003106211
内容紹介:
「詩はただ病める魂の所有者と孤独者との寂しい慰めである」といい、ひたすら感情の世界を彷徨しつづけた萩原朔太郎は、言葉そのもののいのちを把握した詩人として、日本の近代詩史上、無二の詩人である。代表作『月に吠える』『青猫』等より創作年次順に編まれた本詩集は、朔太郎(1886‐1942)の軌跡と特質をあますところなくつたえる。

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初出メディア

埼玉新聞

埼玉新聞 1996年7月28日

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