書評
『ビールの最初の一口―とその他のささやかな楽しみ』(早川書房)
人生を満載した短編集
出来さえよければ、今だって私たちは長編小説を読み通すことができる。軽薄短小こそが現代、という言い方は、半面の真理しか語っていない。フランスに話を限ると、小説(ロマン)といえば四、五百枚以上のものをいう。だが、ここ数年、私が読んでみたところでは、ギベールにしろトゥーサンにせよ、現代フランス作家の作品には、ちょっと息が短くなったかな、という印象がたしかにあった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1998年)。それにしても、このドレルムの掌編小説が、百万部に迫るベストセラーだと聞けば、目を丸くせざるをえない。三十数編の小説が、それぞれたった二枚と少々だ。
「肝心なのはそれだけ。あとは杯を傾けるほどに刺激がなくなり、粘っこい生ぬるさと、白けた満腹しかやってこない。最後に残るのはたぶん、虚勢もこれで終わりという幻滅」――これが表題作「ビールの最初の一口」の書き出しである。この作家、清少納言とマルセル・プルーストの中間に位置すると言われているそうだが、なるほど「枕草子」の味わいもありながら、全体にプルーストのにおいがする。
「車のなかでニュースを知る」という一編にとりわけ心を打たれた。右側に危険物を積んだ大きなタンクローリーが走っている三車線の高速道路。そこを走行中、渋いシャンソン歌手だったジャック・ブレルの死をカーラジオで知る。この歌手が割れんばかりの拍手を浴びた思い出も、やがて消えるだろう。ブレル賛美の言葉の洪水も、いずれは消える。でも、急死のニュースを聞いたときの高速道路の光景は、何度でもよみがえるにちがいない。
人生は自分の映画を撮っているから、車のフロントグラスがスクリーンになり、カーラジオがカメラになることだってある。
長いことフランスは、超難解な言語理論を世界に向けて発信してきた。そのあげく、こういう“人生”を満載したナマでしゃれた作品が書かれ、あらためて世界に発信される。それがたぶん、この国の底力というものなのだろう。
初出メディア

初出媒体など不明 1998年9月27日
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