書評

『刑事コロンボとピーター・フォーク:その誕生から終幕まで』(原書房)

  • 2025/08/17
刑事コロンボとピーター・フォーク:その誕生から終幕まで / デイヴィッド・ケーニッヒ
刑事コロンボとピーター・フォーク:その誕生から終幕まで
  • 著者:デイヴィッド・ケーニッヒ
  • 翻訳:白須 清美
  • 監修:町田 暁雄
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2025-04-28
  • ISBN-10:4562075260
  • ISBN-13:978-4562075263
内容紹介:
世界的ミステリ・ドラマの裏の裏徹底的なリサーチにより事実を追った話題作素晴らしいミステリというのは、本質的に、解決に必要な手がかりをすべて与えながらも、見る者を途方に暮れさせる… もっと読む
世界的ミステリ・ドラマの裏の裏
徹底的なリサーチにより事実を追った話題作

素晴らしいミステリというのは、本質的に、解決に必要な手がかりをすべて与えながらも、見る者を途方に暮れさせる入り組んだ謎解きである。私が一番好きなミステリドラマは『刑事コロンボ』だ。皮肉なことに、多くの人は『刑事コロンボ』をミステリだと思わない。なぜなら伝統的な解決――殺人者の正体――は通常、最初のコマーシャルの前に明かされるからだ。
私に言わせれば、『刑事コロンボ』のほうが優れている。視聴者を有利なスタートに立たせてくれるからだ。エルキュール・ポワロやジェシカ・フレッチャーは、一見、偽の手がかりを追うのに多大な時間を費やしながら、その思考過程はたいてい、最後に明かされるまで視聴者には秘密にされる。そしてようやく、探偵役はそれぞれの手がかりを特定し、それについて説明するのだ。かたや『刑事コロンボ』ではずっと明かされている。私たちはカンニングペーパーを持ったクレイマー刑事で、コロンボと一緒に行動しながらも、一歩遅れている。私たちはその巧妙さと――ピーター・フォークの人を魅了する人物描写のおかげで――解決に至る面白さに舌を巻く。彼は腕まくりをし、スローモーションで、熟練の手管を見せる魔術師なのだ。
(本書『序』より)

春が来るたびに決まって、ピーター・フォークは猫がネズミをいたぶるようなゲームを始め、ユニバーサル・テレビジョン、『刑事コロンボ』のプロデューサー、番組を放映するテレビネットワークのNBCをおもちゃにする。マスコミのインタビューで、フォークはこの人気シリーズに出演するのは今シーズンが最後だろうとほのめかす。長時間にわたる狂乱的な制作スケジュールは、健康と家庭生活をむしばみつつある。いい脚本も十分にない。そして単純に、映画の仕事の関係で定期契約を結べる時間がない。(本文より)

脚本の妙、個性的な風貌、印象的なセリフでミステリファンの心をとらえて離さないドラマ「刑事コロンボ」。主演俳優ピーター・フォークについてのみならず、監督、脚本家などの証言をもとに、ドラマの舞台裏まで網羅した一冊。
本国では一九七一年から二〇〇三年まで何期かに分かれて放映され、日本でも人気を博した「刑事コロンボ」には数多くの愛好者がいて、コロンボを演じたピーター・フォークのみならず、犯人や脇役、小道具に至るまで、個々のエピソードについてさまざまな研究がなされている。

一九八九年からの新シリーズも網羅した本書の強みは、番組制作に関与した人々への綿密な聴き取り取材に一次資料の調査を合わせ、ロサンゼルス警察殺人課の警部を中心とした愛すべき共同体が、じつはぎりぎりの均衡のうえに成り立つ修羅場であった事実を明かしたことだ。

現場での確執や覇権争いはもちろん、出演交渉の過程や良質な脚本の確保にかかわる苦労話が興味深い。「魔術師の幻想」(一九七六年)の殺人犯役の第一候補はオーソン・ウェルズだった。また脚本家のひとりに、スパイ小説家レン・デイトンの名も挙げられていたという。

複雑な人間関係の交錯とコロンボの終焉を語る頁には、近代文学史を読んでいるような味わいがある。
刑事コロンボとピーター・フォーク:その誕生から終幕まで / デイヴィッド・ケーニッヒ
刑事コロンボとピーター・フォーク:その誕生から終幕まで
  • 著者:デイヴィッド・ケーニッヒ
  • 翻訳:白須 清美
  • 監修:町田 暁雄
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(416ページ)
  • 発売日:2025-04-28
  • ISBN-10:4562075260
  • ISBN-13:978-4562075263
内容紹介:
世界的ミステリ・ドラマの裏の裏徹底的なリサーチにより事実を追った話題作素晴らしいミステリというのは、本質的に、解決に必要な手がかりをすべて与えながらも、見る者を途方に暮れさせる… もっと読む
世界的ミステリ・ドラマの裏の裏
徹底的なリサーチにより事実を追った話題作

素晴らしいミステリというのは、本質的に、解決に必要な手がかりをすべて与えながらも、見る者を途方に暮れさせる入り組んだ謎解きである。私が一番好きなミステリドラマは『刑事コロンボ』だ。皮肉なことに、多くの人は『刑事コロンボ』をミステリだと思わない。なぜなら伝統的な解決――殺人者の正体――は通常、最初のコマーシャルの前に明かされるからだ。
私に言わせれば、『刑事コロンボ』のほうが優れている。視聴者を有利なスタートに立たせてくれるからだ。エルキュール・ポワロやジェシカ・フレッチャーは、一見、偽の手がかりを追うのに多大な時間を費やしながら、その思考過程はたいてい、最後に明かされるまで視聴者には秘密にされる。そしてようやく、探偵役はそれぞれの手がかりを特定し、それについて説明するのだ。かたや『刑事コロンボ』ではずっと明かされている。私たちはカンニングペーパーを持ったクレイマー刑事で、コロンボと一緒に行動しながらも、一歩遅れている。私たちはその巧妙さと――ピーター・フォークの人を魅了する人物描写のおかげで――解決に至る面白さに舌を巻く。彼は腕まくりをし、スローモーションで、熟練の手管を見せる魔術師なのだ。
(本書『序』より)

春が来るたびに決まって、ピーター・フォークは猫がネズミをいたぶるようなゲームを始め、ユニバーサル・テレビジョン、『刑事コロンボ』のプロデューサー、番組を放映するテレビネットワークのNBCをおもちゃにする。マスコミのインタビューで、フォークはこの人気シリーズに出演するのは今シーズンが最後だろうとほのめかす。長時間にわたる狂乱的な制作スケジュールは、健康と家庭生活をむしばみつつある。いい脚本も十分にない。そして単純に、映画の仕事の関係で定期契約を結べる時間がない。(本文より)

脚本の妙、個性的な風貌、印象的なセリフでミステリファンの心をとらえて離さないドラマ「刑事コロンボ」。主演俳優ピーター・フォークについてのみならず、監督、脚本家などの証言をもとに、ドラマの舞台裏まで網羅した一冊。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年7月26日

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