書評

『昭和の爆笑王 三遊亭歌笑』(新潮社)

  • 2017/08/25
昭和の爆笑王 三遊亭歌笑 / 岡本 和明
昭和の爆笑王 三遊亭歌笑
  • 著者:岡本 和明
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(394ページ)
  • 発売日:2010-04-00
  • ISBN-10:410324531X
  • ISBN-13:978-4103245315
内容紹介:
「珍顔」で戦中〜戦後の落語界を席巻。33歳で進駐軍の車に轢かれて即死。初めて描かれるその全生涯。

落語のリズムで苦闘時代を再現

いわば、この本自体が一席の落語であり、人情咄(ばなし)である。

わたしは、子供のころから落語が好きで、よく寄席に行ったものだが、三遊亭歌笑については、当時耳にした覚えがない。歌笑は昭和25年、わたしが6歳のときに早逝(そうせい)し、死後急速に忘れられたこともあって、知る機会を得なかったのだろう。その後、柳亭痴楽が〈痴楽綴方(つづりかた)狂室〉で人気が出たとき、それが歌笑の〈純情詩集〉の衣鉢を継ぐものだ、と知ったのはだいぶあとのことになる。

高座に上がるとき、わざと面相を崩した痴楽と違って、歌笑は母親からも疎まれるほどの、生来の醜男(ぶおとこ)だった。著者は本書のほぼ4分の3を使って、家出に始まる歌笑の苦闘時代を、克明に再現する。会話を多用し、小気味よいテンポで運ぶその語り口は、まさに落語のリズムといってよい。容貌(ようぼう)に対する劣等感から、咄家(はなしか)になるしかないと思い詰める歌笑、彼を理解しようと努める数少ない人びとの、それぞれの心情がないまぜに描かれ、胸にしみ込んでくる。

三遊亭金馬の弟子になり、戦後やっと人気が出るまでの長い雌伏期間は、特に読みごたえがある。厳しいながらも温かい、師匠金馬の人柄がよく描かれており、読んでいる方もつい泣き笑いを誘われる。容姿や高座のスタイルのことで、周囲の先輩落語家たちからいじめられる歌笑を、兄弟弟子やのちの小さんがかばう姿も、戦中戦後のすさんだ時代にあって、ひとしおすがすがしさを感じさせる。いささか、小説的な展開になったきらいはあるが、著者の温かいまなざしと筆致は、落語への愛が強く感じられて、まことに快い。醜男の歌笑が、とびきりの美女と結婚するくだりなど、ほほえましさを通り越して、拍手を送りたくなるほどだ。

戦後、にわかに人気者になった歌笑は、恩人の通夜に遅れまいと、銀座通りを横切る際に米軍ジープにはねられ、衝撃的な最期を遂げる。著者は、あえてそこによけいな感傷を差し挟まず、あっさりと筆をおいて、余韻を残すわざを見せた。

好著である。
昭和の爆笑王 三遊亭歌笑 / 岡本 和明
昭和の爆笑王 三遊亭歌笑
  • 著者:岡本 和明
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(394ページ)
  • 発売日:2010-04-00
  • ISBN-10:410324531X
  • ISBN-13:978-4103245315
内容紹介:
「珍顔」で戦中〜戦後の落語界を席巻。33歳で進駐軍の車に轢かれて即死。初めて描かれるその全生涯。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2010年7月4日

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