書評

『性の法律学』(有斐閣)

  • 2023/11/01
性の法律学 / 角田 由紀子
性の法律学
  • 著者:角田 由紀子
  • 出版社:有斐閣
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • ISBN-10:4641181713
  • ISBN-13:978-4641181717
内容紹介:
"性"について女性が語ることは長い間タブー視されてきた。法律の世界でも、女性の"性"は男性が論じる客体でしかなかった。だがそんな時代はもう終わりにしたい。「法律は難しく、女にはわからないもの」という"常識"をはねかえさなければ…。

性と法の貧しさ

〈法律〉はきっと正しいものの味方をしてくれると考えるのは甘いようだ。

たとえば男性弁護士は「女性は論理的でないので話を聞くのが疲れる」などといって離婚事件を敬遠するという。「女は判断力がないので夫や父親が同席してくれないと困る」ということもあるらしい。はじめからこうした偏見を持たれてはかなわない。

角田由起子『性の法律学』(有斐閣選書)。〈徳島ラジオ商殺し〉再審請求に関わった著者は、事実婚に生きる被告富士茂子さんの「男に依存しない強さと男を愛しうるしなやかな心」に共感した。一方、男性検察官、裁判官は「女はみな正妻の座を求めて嫉妬に狂う」のだという犯行動機を捏(ねつ)造した。

こんな陳腐な物の見方が、裁判という形で国家権力の意志となり、一人の女の四十二歳からの人生を奪ったことを思うとき、著者は法律界に女である自分がいることの意味を考える。それは弁護士というエリートになる過程で身につけてきた「男社会の発想」から少しずつ解放されることでもあった。ここで紹介されている強姦事件の判例を読めば唖然とせざるを得ないだろう。

まず『注釈刑法』という権威ある本には「些細な暴行、脅迫の前にたやすく屈する貞操のごときは本条(刑法一七七条)によって保護するに値しない」と書いてあるそうだ。「死んで操を守れ」とでもいうのか。これでは恐怖のなかで「生きて帰りたい」と抵抗しなかった被害者は保護されないことになる。

判例でいえば、誘われて男の下宿についていき、強姦された場合は「真面目な女性、清潔な処女には想像もできないことと思われる」とされ、処女膜裂傷のうえ、妊娠、中絶までしたのに、加害者は無罪となった。松林のなかで強姦された女性の例では「相手に抱きついて押し倒し、パンティを脱がせ、馬乗りになるなどの行為は、強姦にいたらない姦淫においても一般的に伴う」としてこれも加害者を無罪にしている。「いやよいやよもいいのうち」的な女性観、裁判官自身の性の貧しさをさらけ出してはいないだろうか。

私は本書のあちこちに!をつけながら読み進んだ。著者は決して女性を被害者として保護するだけではない。心身の自由、人格の独立性、性的自由を尊重する立場から、妻の座に安住する女性たちにもいたって厳しい。守操請求権侵害を根拠に、夫の愛人から慰謝料を取ろうとする妻には「愛情を売り渡すもの」といい、「水商売の女となら浮気してもいいわ」という妻へはその差別意識を問う。離婚裁判が有責主義から破綻主義へ向う現在、熟読が必要な本だろう。

【この書評が収録されている書籍】
読書休日 / 森 まゆみ
読書休日
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1994-02-01
  • ISBN-10:4794961596
  • ISBN-13:978-4794961594
内容紹介:
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、… もっと読む
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、『ゲーテ恋愛詩集』、そして幸田文『台所のおと』まで。地域・メディア・文学・子ども・ライフスタイル―多彩なジャンルの愛読書の中から、とりわけすぐれた百冊余をおすすめする。胸おどる読書案内。

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性の法律学 / 角田 由紀子
性の法律学
  • 著者:角田 由紀子
  • 出版社:有斐閣
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • ISBN-10:4641181713
  • ISBN-13:978-4641181717
内容紹介:
"性"について女性が語ることは長い間タブー視されてきた。法律の世界でも、女性の"性"は男性が論じる客体でしかなかった。だがそんな時代はもう終わりにしたい。「法律は難しく、女にはわからないもの」という"常識"をはねかえさなければ…。

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初出メディア

DIY(終刊)

DIY(終刊) 1991年12月~1992年8月

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