書評
『命みじかし恋せよ乙女: 大正恋愛事件簿』(河出書房新社)
大正時代の有名人の恋愛ゴシップを紹介
小学生の姪に最近の漫画雑誌を読ませてもらって驚いたことがある。何事にも受け身でうじうじ悩む女の子が主人公で、自己主張が強く好きな男の子にも積極的にアプローチする女の子が恋敵という、昭和においてすらベタだった設定がいまだに幅を利かせていたからだ。100年前に実在した恋の話のほうが勇敢で魅力的に思える。『命みじかし恋せよ乙女』は大正時代の有名人の恋愛ゴシップを紹介した本だ。夫を親友と奪い合った歌人・与謝野晶子(よさのあきこ)、愛する男の後を追って自殺した女優・松井須磨子、男とも女とも浮き名を流した作家・田村俊子など、16名の〈乙女〉が登場。家同士の取り決めによる結婚が主流の時代から自由恋愛の時代へと移る転換期に、運命的な出会いを体験した人たちの物語に引き込まれてしまう。当時の写真や新聞記事、事実をもとに書かれた小説が巧みに構成されていて、リアルタイムで事件を目撃しているような気分が味わえるところもいい。
事件の結末はさまざまだが、儚く消えた悲恋よりも、逆境を乗り越えるたくましい恋が印象に残る。たとえば雑誌『青鞜』を創刊したことで知られる平塚らいてう。〈若い燕〉と呼ばれた年下の画家との仲は周囲に反対され、世間からも非難を浴びたが、婚姻届を出さずに一緒に暮らして生涯連れ添った。外野の意見に惑わされず、自分の意志を貫く姿は清々しい。
竹久夢二(たけひさゆめじ)や徳田秋聲(とくだしゅうせい)と関係を持ち〈男を踏み台にして小説家としての名声を狙う女〉と批判的に見られたという山田順子(やまだゆきこ)を再評価しようとするくだりも新鮮。昔ほど恋愛に制約がないはずの現代を生きる自分は、彼女たちよりも自由になったのだろうかと考えさせられる。
週刊金曜日 2017年7月7日
わたしたちにとって大事なことが報じられていないのではないか? そんな思いをもとに『週刊金曜日』は1993年に創刊されました。商業メディアに大きな影響を与えている広告収入に依存せず、定期購読が支えられている総合雑誌です。創刊当時から原発問題に斬り込むなど、大切な問題を伝えつづけています。(編集委員:雨宮処凛/石坂啓/宇都宮健児/落合恵子/佐高信/田中優子/中島岳志/本多勝一)
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