書評

宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人(新潮社)

  • 2017/11/15
宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人 / 今野勉
宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人
  • 著者:今野勉
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2017-02-28
  • ISBN:4103506814

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

知っているつもりだった文豪と未知の世界で再開できる冒険の書

『銀河鉄道の夜』をはじめ、教科書でおなじみの宮沢賢治の作品を読んだことがない人はあまりいないだろう。岩手出身だとか、農学校の先生だったとか、日蓮宗を信仰していたとか、春画を集めていたとか、作家の人となりについて多少知識があっても本書の発見には驚くに違いない。テレビ草創期からプロデューサー、演出家、脚本家として数多の番組の制作に携わってきた著者が、ドキュメンタリーの手法を用いて賢治の名作の謎を解き明かす。

発端になったのは、賢治が死の直前に清書したという無題の文語詩だ。〈猥(な)れて嘲笑(あざ)めるはた寒き、/凶つのまみをはらはんと/かへさまた経るしろあとの、/天は遷ろふ火の鱗(うろこ)/つめたき西の風きたり、/あららにひとの秘呪とりて、/粟の垂穂をうちみだし、/すすきを紅く燿(かが)やかす〉。不穏な空気は伝わってくるが、意味はよくわからない。なぜ〈なれて〉の「な」に「慣」でも「狎」でもなく「猥」という字をあてたのか。何を嘲笑ったのか。著者は全集の解説、新聞記事、地図など、さまぎまな手がかりをもとに詩が作られた時期を特定して、腎治の足どりを追う。

たった4行の詩から賢治の見ていた風景が具体的に広がっていくところがいい。探索を進めるにしたがって浮き彫りになるのは、賢治と妹のとし子、それぞれの秘められた恋だ。とし子は教師との親密な関係がスキャンダルになり、賢治は同性の友人に片思いをしていた。兄妹の苦しく悲しい恋の思い出が、いかにして代表作の「春と修羅」や「永訣の朝」の誕生につながっていったか。丹念な調査と深い考察、大胆な発想の飛躍は、ミステリーに登場する名探偵さながらだ。いずれも仮説であって、正解は確かめようがないが、根拠となる事実の積み上げ方に説得力がある。

もちろん、賢治の実人生を知らなくても「春と修羅」と「永訣の朝」は心を揺さぶられる詩だ。けれども彼がどんな生活をしてどんな人たちと出会ったかをたどっていくと、一つひとつの言葉の向こうに生身の人間が存在していたのだと思える。たとえば〈いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/睡し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ〉という「春と修羅」の一節。本書を読む前と読んだ後では、「修羅」という言葉に感じる重み、熱さが変わってしまう。「永訣の朝」で息を引き取る間際のとし子がつぶやいた〈あめゆじゅとてちてけんじゃ〉〈Ora Orade Shitori egumo〉という声はより哀切に響く。

『銀河鉄道の夜』もまっさらな状態で読んだってとびきり面白い小説だが、作者がタイタニック号沈没事故に関心を持っていたことをふまえると、いろいろ腑に落ちる部分がある。どうして〈ケンタウル祭〉の夜の物語でなければならなかったのか。執筆前に賢治が旅したルート、気象の記録を検証し、導かれた斬新な解釈には瞠目(どうもく)した。主人公のジョバンニが持っていた切符の正体を〈おかしな十ばかりの文字〉と〈唐草模様〉を糸口に推理するくだりもスリリングだ。先行の研究者の仕事に敬意を払いつつ、自由自在に想像を膨らませ、次々と新説を繰り出す著者の情熱に圧倒された。信仰を持たない自分には理解できない一面もあるのだが、わからないままでも、賢治という人の孤独で美しい心象に惹かれずにはいられない。知っているつもりだった文豪と未知の世界で再会できる冒険の書だ。
宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人 / 今野勉
宮沢賢治の真実 : 修羅を生きた詩人
  • 著者:今野勉
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2017-02-28
  • ISBN:4103506814

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

初出メディア

週刊金曜日

週刊金曜日 2017年4月7日

わたしたちにとって大事なことが報じられていないのではないか? そんな思いをもとに『週刊金曜日』は1993年に創刊されました。商業メディアに大きな影響を与えている広告収入に依存せず、定期購読が支えられている総合雑誌です。創刊当時から原発問題に斬り込むなど、大切な問題を伝えつづけています。(編集委員:雨宮処凛/石坂啓/宇都宮健児/落合恵子/佐高信/田中優子/中島岳志/本多勝一)

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