書評

『4 3 2 1』(新潮社)

  • 2025/03/14
4 3 2 1 / ポール・オースター
4 3 2 1
  • 著者:ポール・オースター
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(800ページ)
  • 発売日:2024-11-28
  • ISBN-10:4105217224
  • ISBN-13:978-4105217228
内容紹介:
1947年3月3日、ニュージャージー州ニューアークで家具・電化製品店を営む父スタンリーと、写真家のもとで働く母ローズとの間に、アーチボルド・ファーガソンは生まれた。ドジャースLA移転、ケ… もっと読む
1947年3月3日、ニュージャージー州ニューアークで家具・電化製品店を営む父スタンリーと、写真家のもとで働く母ローズとの間に、アーチボルド・ファーガソンは生まれた。ドジャースLA移転、ケネディ暗殺、ベトナム反戦運動。50~70年代アメリカの歴史的事件とともに、本や映画、スポーツやセックスなどに対する青春の情熱を、少年が大人へと成長してゆく姿を、ポール・オースターは驚くべき仕掛けに満ちた四重奏スタイルで描き出す。現代アメリカ文学を代表する作家による記念碑的超大作。

米社会の日々、大人に成長する時間

1947年に米国ニューヨーク市の近郊で生まれたユダヤ人3世の少年が、さまざまな経験を重ねて大人になるまでを描いた長編小説。上下2段組で約800ページというボリュームに思わずたじろぐが、読み始めると面白くてやめられない。

ひとつ大きな仕掛けがある。それを説明すべきかどうか悩むが、柴田元幸(ヴェンダースの映画『パーフェクト・デイズ』で写真屋の主人を演じていましたね)の訳者あとがきで<この本はまさに、「だいたいどんな本か」を、読む人一人ひとりが一ページずつ読み進むなかで発見してほしい本>と書いていて、同感。

大きな仕掛けはあるけれども、難しい言葉は出てこないし、主人公をはじめ登場人物の思考もわかりやすい。主人公の愛読する作家のひとり、チャールズ・ディケンズの小説のように。あったこと、ありえたかもしれないことが、細かく緻密に書かれている。

主人公の父親は3兄弟の末っ子。ハンサムな兄弟の上2人は怠け者で小悪党(やがてそれがもとで身を滅ぼす)。ところが主人公の父だけは勤勉で、小さな家電修理店から始めて事業を拡大していく。母親は美しく聡明だ。街の写真館で働き、やがて写真家としての才能を発揮する。大金持ちではないけれども労働者階級でもない、ユダヤ系中産階級の家族。

主人公の家庭内のことや、学校でのこと、野球やバスケット、性的冒険などについてだけでなく、背景となるアメリカ社会のできごとも詳しく書かれている。朝鮮戦争、アイヒマン裁判、ベルリンの壁、キューバ危機、冷戦、公民権運動、ベトナム戦争、反戦運動。成長していく主人公の背後で、暴動や戦争が常にある。暗殺も多い。J・F・ケネディ、ロバート・ケネディ、キング牧師、マルコムX。アンディ・ウォーホルも撃たれて重傷を負った。

読んでいて、徴兵制というものの重みを認識させられる。主人公はリベラルな考えの持ち主で、戦争には反対だし、軍隊にも入りたくない。しかし同時に、兵役を逃れることの後ろめたさもある。活発な反戦運動の背景には切実な事情がある。日本の若者は「(僕等の名前は)戦争を知らない子供たちさ」と歌っていたけれども、同時代のアメリカの子供たちは戦争しか知らなかった。

小説のクライマックスは1968年コロンビア大学学生の抗議行動。映画『いちご白書』やその原作ノンフィクションにも描かれた学園闘争だ。本書では内側外側から細かく描かれる。対立は大学=体制VS学生という単純なものではなく学生たちにも分裂や対立が起きる。これはいずこも同じ。

ところで、この小説にはたくさんの本の題名が出てくる。文学に関心を持つ主人公に、伯母たちが送ってくれたり、読むべき本のリストとして渡してくれたもの。有名私大の授業で扱われる本の題名も並ぶ。映画やクラシック音楽のタイトルも多い。実に魅力的だ。それらを書き写してファーガソン(主人公の名前)のリストとして眺めるのも楽しい。

ポール・オースターは主人公と同じく1947年、ニューヨーク市近郊のニューアークでユダヤ人の両親のもとに生まれた。そして2024年4月、肺がんの合併症で亡くなった。77歳だった。
4 3 2 1 / ポール・オースター
4 3 2 1
  • 著者:ポール・オースター
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(800ページ)
  • 発売日:2024-11-28
  • ISBN-10:4105217224
  • ISBN-13:978-4105217228
内容紹介:
1947年3月3日、ニュージャージー州ニューアークで家具・電化製品店を営む父スタンリーと、写真家のもとで働く母ローズとの間に、アーチボルド・ファーガソンは生まれた。ドジャースLA移転、ケ… もっと読む
1947年3月3日、ニュージャージー州ニューアークで家具・電化製品店を営む父スタンリーと、写真家のもとで働く母ローズとの間に、アーチボルド・ファーガソンは生まれた。ドジャースLA移転、ケネディ暗殺、ベトナム反戦運動。50~70年代アメリカの歴史的事件とともに、本や映画、スポーツやセックスなどに対する青春の情熱を、少年が大人へと成長してゆく姿を、ポール・オースターは驚くべき仕掛けに満ちた四重奏スタイルで描き出す。現代アメリカ文学を代表する作家による記念碑的超大作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年2月8日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
永江 朗の書評/解説/選評
ページトップへ