書評

『魔法の夜』(白水社)

  • 2020/07/09
魔法の夜 / スティーヴン・ミルハウザー
魔法の夜
  • 著者:スティーヴン・ミルハウザー
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(190ページ)
  • 発売日:2016-05-21
  • ISBN-10:4560092419
  • ISBN-13:978-4560092415
内容紹介:
《作家の神髄が凝縮された、魅惑の中篇! 》百貨店のマネキン、月下のブランコ、屋根裏部屋のピエロと目覚める人形など、作家の神髄が凝縮。眠られぬ読者に贈る、魅惑の中篇!「月の光線の下、マネキンの隠れた生が目覚めていく。指にかすかな震えが生じる。片方の手首がわずかに曲がる。サングラス… もっと読む
《作家の神髄が凝縮された、魅惑の中篇! 》

百貨店のマネキン、月下のブランコ、屋根裏部屋のピエロと目覚める人形など、作家の神髄が凝縮。眠られぬ読者に贈る、魅惑の中篇!

「月の光線の下、マネキンの隠れた生が目覚めていく。指にかすかな震えが生じる。片方の手首がわずかに曲がる。サングラスの奥で、瞼がゆっくり閉じて開く。」(本文より)

《月の光でお読みください。》

夏の夜更け、アメリカ東海岸の海辺の町、眠らずに過ごす、さまざまな境遇の男女がいる。
何を求めているかもわからず、落ち着かない14歳の少女、ひとつの小説を長年書きつづけている39歳の男、その男を優しく見守る60代の女性、マネキン人形を恋い慕うロマンチストの酔っ払い、仮面を着けて家屋に忍び込む少女たちの一団……ほぼ満月の光に照らされ、町なかをさまよう人びとの軌跡が交叉し、屋根裏部屋の人形たちが目を覚ます……。
ミルハウザーの9作目(1999年発表)にあたるこの中篇小説は、格好の「ミルハウザー入門」といえるだろう。短い章を数多く積み重ねながら、多様な人間模様と情景を緻密に描写することによって、「小宇宙」全体の空気を浮かび上がらせる手法は、作家の得意とするところ。まさに作家の神髄が凝縮された作品で、余韻は深く、心に重く響く。
ミルハウザー初心者の読者には好適であるとともに、熱心なミルハウザー愛好者にも堪能していただける傑作中篇だ。
「訳者あとがき」に柴田元幸氏による「注」を付した。カバー装画は画家の牛尾篤氏。

原題:Enchanted Night

昼間の自分を解き放つ月の光

ミルハウザーは月光の作家だ。陽光ではなく。夜中に屋根を散歩する『三つの小さな王国』のワンシーンは好例だが、人々のストレンジな行動が断章的に綴られる本書も、同じように月光の一夜が舞台である。登場するのは若者と孤独な単身者。家族持ちはいない。

「ここから抜け出さなくちゃ」とベッドから身を起こすローラ(14)。やかましい虫の声、刈りとられた芝の香り。茂みのなかできついジーンズを押し下げ月光に裸をさらす。

彼女にとって抜け出す部屋は昼間の生活の象徴だが、それはだれにとっても同じこと。バーを出てひとり街路をふらつくクープ(28)は、意志の力で己の正体を隠しているウィンドウの中の恋人をじっと見つめ、彼の視線に充たされた彼女(マネキン)はポーズの手を下げてひょいとフロアに降り立つ。陽が出ている間の「だれか」は、月光を浴びて「別のだれか」に解き放たれ、輝く。

ミセス・カスコ(61)は秘密の他者を迎え入れて昼間の自分を離れる。彼女を訪問するのは「『私は』と言ったとたんにもう、自分はこういう人間なんだと主張しているその存在から隔たってしまう」という複雑な問いに悩めるハヴァストロー(39)。彼にはほかの人のような昼間の仕事がない。もう何年も仕上がらない小説と夜ごと格闘しているのだ。もとは息子の友人だった万年青年の、昼夜の逆転した脳がしぼり出すことばに、控えめな熱意を傾け聴き入る夫人。

どの瞳にも物の姿がくっきりと鮮明に映っている。耳だけを見つめると顔から浮き上がって意味を失うように、一点を執拗に凝視する行為には危険を伴うが、月夜の晩ならためらうことはない。それぞれの秘密を「誰にも知られぬまま」にする月光の魔力に恃(たの)んで、「私」の枠を超えた領域へと旅立つ。

昼と夜の対照がはっきりする真夏の、眠れない夜にうってつけの一冊だ。
魔法の夜 / スティーヴン・ミルハウザー
魔法の夜
  • 著者:スティーヴン・ミルハウザー
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(190ページ)
  • 発売日:2016-05-21
  • ISBN-10:4560092419
  • ISBN-13:978-4560092415
内容紹介:
《作家の神髄が凝縮された、魅惑の中篇! 》百貨店のマネキン、月下のブランコ、屋根裏部屋のピエロと目覚める人形など、作家の神髄が凝縮。眠られぬ読者に贈る、魅惑の中篇!「月の光線の下、マネキンの隠れた生が目覚めていく。指にかすかな震えが生じる。片方の手首がわずかに曲がる。サングラス… もっと読む
《作家の神髄が凝縮された、魅惑の中篇! 》

百貨店のマネキン、月下のブランコ、屋根裏部屋のピエロと目覚める人形など、作家の神髄が凝縮。眠られぬ読者に贈る、魅惑の中篇!

「月の光線の下、マネキンの隠れた生が目覚めていく。指にかすかな震えが生じる。片方の手首がわずかに曲がる。サングラスの奥で、瞼がゆっくり閉じて開く。」(本文より)

《月の光でお読みください。》

夏の夜更け、アメリカ東海岸の海辺の町、眠らずに過ごす、さまざまな境遇の男女がいる。
何を求めているかもわからず、落ち着かない14歳の少女、ひとつの小説を長年書きつづけている39歳の男、その男を優しく見守る60代の女性、マネキン人形を恋い慕うロマンチストの酔っ払い、仮面を着けて家屋に忍び込む少女たちの一団……ほぼ満月の光に照らされ、町なかをさまよう人びとの軌跡が交叉し、屋根裏部屋の人形たちが目を覚ます……。
ミルハウザーの9作目(1999年発表)にあたるこの中篇小説は、格好の「ミルハウザー入門」といえるだろう。短い章を数多く積み重ねながら、多様な人間模様と情景を緻密に描写することによって、「小宇宙」全体の空気を浮かび上がらせる手法は、作家の得意とするところ。まさに作家の神髄が凝縮された作品で、余韻は深く、心に重く響く。
ミルハウザー初心者の読者には好適であるとともに、熱心なミルハウザー愛好者にも堪能していただける傑作中篇だ。
「訳者あとがき」に柴田元幸氏による「注」を付した。カバー装画は画家の牛尾篤氏。

原題:Enchanted Night

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朝日新聞 2016年07月17日

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