書評

『ねにもつタイプ』(筑摩書房)

  • 2017/07/05
ねにもつタイプ / 岸本 佐知子
ねにもつタイプ
  • 著者:岸本 佐知子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2007-01-25
  • ISBN-10:4480814841
  • ISBN-13:978-4480814845
内容紹介:
観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

とんでもない奇想やおかしみが満載のすばかしい四十八篇

スティーヴン・ミルハウザーやニコルソン・ベイカーといったくせ者作家の訳者として、海外小説ファンの絶大な支持を集める岸本佐知子の中には天才と馬鹿が共生しています。エッセイ集『ねにもつタイプ』を開いてみてください。どのページからも、とんでもない奇想やおかしみが飛び出してくる、それはそれはすばかしい(素晴らしくバカバカしい=トヨザキの最上級の褒め言葉)四十八篇なんです。

まずは、馬鹿篇。七十三ページを開いて、日常生活をのぞいてみましょう。〈翻訳をしていて、意味のわからない一文に出くわ〉した10:53から11:35まで分刻みで自分の意識の流れを記述。昼ごはんは昨日のカレーの残りにしようと思いついて楽しい気分になり、ジャーにご飯が残っていなかったことに失望するも、カレーへの想い断ちがたく、食パンで代用することを決意。再び英文に意識を集中させるも、語源辞典で「ほくろ」のそもそもの意味を知り、得した気分になり、いくら考えてもわからないので、もしかしたら自分は馬鹿なのではないかと思い始め云々……。集中力欠け欠けの四十二分間の意識の流れようが、もうおかしくて、おかしくて。最後の一行に至っては脱力必至です。

その他、エンドレスで流れる映画『プリティ・ウーマン』の前奏を退散させるために、女性バンド・ランナウェイズの『チェリー・ボム』のサビを召喚したり、目の前にある英語の文章の意味を考えなくてはならないのに、ついついコアラの鼻のことを考えてしまったりと、馬鹿度はかなり深刻です。

でも、このよしなしごとが止めようもなく頭の中に浮かび上がっては流れていくという散漫な意識のもちようから、天才も生まれてくるのです。「マシン」「△△山の思い出」「戦記」「リスボンの路面電車」「マイ富士」を読んでみて下さい。岸本佐知子の妄想力と筆力は、この人が訳したリディア・デイヴィスやジュディ・バドニッツの短篇にひけを取らないことが諒解できるはず。天才という言葉が過大評価ではないこともわかっていただけるはずなんです。

このエッセイ集の中には、オシャレな生活提案があるわけでもなければ、美味しいレストランの情報があるわけでもありません。これほど役に立たない本も珍しい! でも、ここには、常識に曇った目をまっさらに洗い流してくれる奇想があります。奇想が生む驚きと美しいイメージがあります。驚きが生む笑いがあります。美しいイメージが生む歓びがあります。

一冊の本に、それ以外の一体何が必要だというのでしょうか。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ねにもつタイプ / 岸本 佐知子
ねにもつタイプ
  • 著者:岸本 佐知子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2007-01-25
  • ISBN-10:4480814841
  • ISBN-13:978-4480814845
内容紹介:
観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2007年3月17日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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