書評

『ねにもつタイプ』(筑摩書房)

  • 2017/07/09
ねにもつタイプ / 岸本 佐知子
ねにもつタイプ
  • 著者:岸本 佐知子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2007-01-25
  • ISBN-10:4480814841
  • ISBN-13:978-4480814845
内容紹介:
観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。
筑摩書房のPR誌『ちくま』(月刊)に不思議な読みものが連載されている。

二ページのエッセーのような小説のような。うん、やっぱりショートショートと言ったほうがいいかもしれない。これが毎回ハズレなしに、何ともおかしな世界へと誘い込んでくれるのだ。一言では説明しにくいけれど無理して言うなら、不条理マンガ(ただし小難しくない)を文章にした感じ、かな。連載のタイトルは「ネにもつタイプ」。

これがなぜか『ねにもつタイプ』(筑摩書房)というタイトルに変わって、一冊にまとめられた。私は早く単行本にならないかなあと気をもんでいたので、ひとごとながらうれしい。全部で四十八話が収録されている。

連載時に読んで私がアッと心の中で叫んだのは「疑惑の髪型」と題された話だ。著者は言う。「最近、気がつくといつも一つのことを考えている。何かといえば、それは『ちょんまげ』のことだ。どうしてみんなは、あのような異常な髪型を平然と受け入れることができるのだろう。時代劇を観ていて、何の違和感もおぼえないのだろうか」。

私も「ちょんまげ」に関してはまったく同じ疑惑を抱いていたのだ。歌舞伎や(昭和四十年代以前の)時代劇映画を愛する者としては、抱いてはいけないんじゃないか?! という疑惑である。それで心の奥のほうへと追い払っていたのだが……。「同志」はちゃんといたのねとうれしくなったのだ。最後の二行もまた、うれしい。「ところで私は殿様の、あの引きずるほど長い袴の裾のことも、そろそろ気になりだしている」というのだもの。

この「ちょんまげ」をはじめ、ふだん何となく気にはなっているのだけれど、さしあたりどうでもいいことなので深くは考えないそういう事柄に著者はこだわる。考える。ネにもつ。例えば戸棚の片隅に一個だけ残っていたトイレットペーパーとか、視界の下にボンヤリ見える自分の鼻とか、「赤ん坊」という言葉とか……。こだわりはやがて独特のトボケた幻想味を帯びて、おかしな白昼夢へと展開して行く――。

奇想で名文。ホレボレする程、文章が愉しく、うまい。例えば「マシン」と題された話。旧式のミシンの形状をこれだけ的確に、そしておかしく描き出せる人なんてめったにいないだろう。最後の一行、あるいは二行でフッと笑わせる芸にも感心させられる。

読みながら何度かチョコレートの詰め合わせを連想した。茶色のヒダヒダの紙の上にいろいろな種類のチョコレートが並んでいる箱。全部で四十八粒。ミルクよりビタースイートのほうが多いかな。一粒一粒ゆっくりゆっくり味わってもらいたい。

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN-10:4480426906
  • ISBN-13:978-4480426901
内容紹介:
世の中どう変わろうと、読み継がれていって欲しい本を熱く紹介。ここ20年間に書いた書評から選んだ「ベスト・オブ・中野書評」。文庫オリジナルの偏愛中野文学館。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ねにもつタイプ / 岸本 佐知子
ねにもつタイプ
  • 著者:岸本 佐知子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2007-01-25
  • ISBN-10:4480814841
  • ISBN-13:978-4480814845
内容紹介:
観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。

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初出メディア

家庭画報

家庭画報 2007年5月

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