解説
『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』(筑摩書房)
◆たしかな好悪の精神
森茉莉さんの「ドッキリチャンネル」のダイジェスト版を編集するという、まったくもって楽しく、また空おそろしい仕事をさせてもらった。ご存知の通り、「ドッキリチャンネル」は一九七九年から一九八五年まで約五年半にわたって『週刊新潮』に連載されて評判をよんだエッセーである。八十四歳で亡くなった森茉莉最後の仕事である。
森茉莉は連載を始めるにあたって、こんなことを書いている。
私のこれから書くテレビの評は遠慮会釈なく遣っつけるが、私はテレビ評論家でもなく、映画評論家でもないので、書かれる人はそれによって栄枯盛衰が左右されることがないのだから諒とされたい。私は今までも文芸雑誌での文章の中でもテレビ評をあたりかまわず書いて来た。中途半端なことは出来ないたちなのである。
その宣言通り、「ドッキリチャンネル」はほめるにしてもけなすにしても、まったく手加減なしである。たとえば田中邦衛をほめるに、
あのもみあげを長くした田中邦衛は三百年続いた西班牙(イスパニア)の貴族の、血族結婚のために頭の悪くなった城主に仕えているソメリエ(酒の係り)で、城主の食事のために地下室へ下りて行って、葡萄酒の壜の蜘蛛の巣を払って持ってくる、そんな感じである。瓢々としているが上の方の家臣たちより城主を思っている、そういう男の感じだ」――と、こうである。テレビ画面の田中邦衛のあの顔から、いきなりイスパニアの貴族の館までロマンを馳せてしまうという人である(しかも「血族結婚のために頭の悪くなった城主」とまで書き添えずにはいられない、そのイマジネーションの厳密仔細さよ!)。
また、当時の大平正芳首相をけなすのに、
権勢の保持と利慾にしか頭が働かない人物で、顔と来たら又、農家のおやじで、(今夜は地主どんの家で酒と馳走が出るが、あまり早く行っても物欲しそうじゃから一寸遅れて行こうわい)と言って出かける感じだ。
――と、こうである。私自身は大平氏の器量に関していささか違っだ印象をもってはいるが、このくだりは、何度読んでも笑ってしまう。異論はあっても、この「悪態の芸術的完成度」には唸ってしまうのだ。
森茉莉よりはちょうど二十年早く生まれたファッション・デザイナーのココ・シャネルの言葉を連想してしまう。彼女もそうとう辛辣な女だったようで、「あたしの特徴は、批評精神と批評眼をもっていることだ。ジュール・ルナールが言っていたように、私はたしかな嫌悪の精神をもっているのだ」(『獅子座の女シャネル』ポール・モラン、文化出版局)と言っていたらしい。
「たしかな嫌悪の精神」とは巧い言い方だ。森茉莉エッセーの最大の魅力もまた、「たしかな嫌悪の精神」、いや、「たしかな好悪の精神」と、それを表現しきるレトリックの芸――その豊かさと繊細さにあった、と私は思う。
連載中の森茉莉は、「私はこの『ドッキリチャンネル』に今のところ最高に凝っている」「私は既(も)う年だし、こういう軽いもので終りたい」と書いている。当時は、十年がかりで大苦心して小説『甘い蜜の部屋』を書きあげ、“耽美派”としては全精力を出し切ったという思いだったのではないか。
「ドッキリチャンネル」では、“耽美派”とばかりくくりきれない、森茉莉の別の一面(空前絶後の女性ユーモリスト。テレビの前でごひいきの銭形平次のテーマソングを歌い、役者に掛け声を掛け、嫌いな役者が映るとあわてて手帳でかくすという、全身全霊が「娯楽の人」である)が、セキを切ったようにほとばしり出たという感じである。
さて。「ドッキリチャンネル」はなにぶんにも五年半におよぶ膨大なエッセー群である。それを一冊の文庫版におさめるにあたっては、思いのほか苦労してしまった。
森茉莉の文章は独得で、話がどこまでも脱線して行くかに見えながら、ひょいと本題に戻るということが多い。だから、ばっさりカットするのが難しい。
また、たった一行(たとえば、政治家の松野頼三を評して「試みに名をつけるとするとステファン・ゲオルグという感じで」なあんていう卓抜な一行)、あるいはたった一言(たとえば、「莫迦(ばか)野郎」なあんていう、他の人が書いたらどうかと思われるが、森茉莉が書くと“御愛敬”になってしまうような一言)が好きなあまり、その前後の文章もカットできなくなってしまうのだ。
いろいろと心残りもあったが、ここでは何よりも森茉莉の「たしかな好悪の精神」とレトリックの芸を抽出するのが一番の眼目と思い、①父・鷗外をはじめとする家族の思い出話、結婚離婚のいきさつ、②巴里讃美の話、③知り合いの芸能人や文化人たちとのいさかい、それにまつわる悪態――などは思い切って割愛する方向で編集した。
読者の方たちは、私のこの独断ダイジェスト版に満足することなく、ぜひとも完全収録版(『森茉莉全集』の第六巻と第七巻。筑摩書房)のほうを読んでいただきたい。
(ちくま文庫『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』解説)
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