書評

『本が好き、悪口言うのはもっと好き』(文藝春秋)

  • 2018/07/09
本が好き、悪口言うのはもっと好き / 高島 俊男
本が好き、悪口言うのはもっと好き
  • 著者:高島 俊男
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(319ページ)
  • ISBN:4167598019
内容紹介:
東アジアの国名表記にメスを入れ、わが国の外交にも影響を与えた痛快篇「『支那』はわるいことばだろうか」をはじめ、狩野亨吉、江馬修、李白と杜甫らを論じた傑作人物エッセイ、「書評十番勝負」「新聞醜悪録」「湖辺漫筆」など、すべての本好きに捧げる名篇を収めて第11回講談社エッセイ賞を受賞した快心の評論集。
タイトルがいいではありませんか。わたしはこのタイトルに惚れたなあ。でも「本が好き」というのが大前提だから、悪口を言うのだけが好きという人にはあまりお勧めできないかもしれない。

本好きというのは、どういうわけか書物のことや言葉や表現について神経細やかな、というか神経過敏な人種で、したがって耳障りな言葉やつまらない本、間違った表現などについてついつい悪口を言いたくなるものなのである。そう言うわたしとて、「的を得る」という表現に出会ったりすると鬼の首でもとった気で「いやだなあ、得るじゃなくて射るなのになあ、どんどん日本語は乱れてくる、困ったものだ」などとしたり顔で言ったりするが、高島氏はわたしなどよりはるかに高尚な方である。もっと複雑な問題をわかりやすく、しかもその理由まで取り上げて教えてくれる。

たとえば、言葉の使い方の誤りや漢字本来の意味から外れた言葉(〝茫然〟を〝呆然〟と記すのはおかしい等)、それがどうして間違った使い方をするようになったのか。なかでも「新聞醜悪録」の章は面白い。いかに新聞の文章が当てにならないかの証明のようなものだ。〝私淑〟〝子息〟〝疑心暗鬼〟など、実際の記事を載せつつその誤りを指摘している。

日本語の曇りがどうしても許せないという気持ちはわたしにも痛いほどよくわかる。そしてそれが高じるとついつい文句の一つも言いたくなる。これをわたしなりに解釈すると、〝宿命〟なのだとしか言えない。

もっともこれはどの分野にでも共通することだと思う。植木職人が外に出ると人の家の植木にばかり目がいき、その枝ぶりや育ち方を見てその家の暮らしぶりから家族構成、経済状態、果ては幸不幸まで推察してしまうように、それはもう宿命としか説明のできないものなのである。

さて、高島俊男氏の専門は中国文学である。週刊文春に『お言葉ですが……』という連載をしているので、ご存じの方もいるかもしれない。言葉にまつわるいろいろなことを楽しく論じていて、わたしもこの連載のファンの一人だ。週刊文春の連載物はひどいものと面白いものの二極分化が激しい。この連載はもちろん後者の代表である。本書の前半は言葉の話や書評を集めたもので、もちろんそれは楽しく読めるのだが、とりわけ気に入ったのは後半である。

「ネアカ李白とネクラ杜甫」は、副題に〝高校生諸君に〟とあり、初めて漢詩を勉強する高校生のために書かれたもので、李白と杜甫の小さな人物論となっている。「漢詩なんてちーっとも面白くねえや」という人はちょっと覗いてみてほしい。少なくとも漢文の教師の話よりは面白いだろう。

誰だって、ただの漢詩を読んだり暗記したりするのは面白いわけがない。でも、それが作られた時代背景や作者の人柄などを詳しく知っていたら、見方も変わってこようというものだ。さらに高島氏は「中国の詩は、共通の特殊な教養をもっている人たちのせまい世界でその教養をおたがいに利用しあって作られたものだということ、およびことばのもつ音楽性を追求したものだということ、この二つの厚い障壁があるために、ミもフタもないことを言ってしまえば、ほんとうのところわれわれには中国の詩なんぞわかりゃしないのである。よほど勉強しても、まあ四分の一くらいもわかればオンの字だと、わたしは思っている」と書く。

さて高島氏の本領が発揮されているのが「回や其の楽を改めず」と題し、狩野亨吉(かのうこうきち)について語った最後の章である。

わたしはこの章を読んで狩野亨吉さんに対してにわかに興味をかきたてられた。「狩野亨吉は、明治期に学者・教育者として、大正から昭和にかけては、市井の高士、陋巷の碩学として知られた人である。京都帝国大学教授から町の骨董屋になり、終生娶らず、浮世絵ワ印の収蔵をもって聞こえた。まあ、奇人である」

ではどのように奇人であるのか。それはもうこの章を読んでいただくしかない。わたしがここでこういう奇人だったと書いてみたところで、充分に驚きが伝わるとは思えないからである。彼の教え子からは多くの優れた指導者が育ったが、そのなかに岩波書店の岩波茂雄もいた。京都大学の学長になったとき狩野は英文学の夏目漱石、東洋史の内藤湖南、国文学の幸田露伴を招いた。この三人を招くのがいかにすごいことだったかは、まあ読んでいただくしかない。

わたしがとびきりに興味を持ったのは本好きならば誰しも注目せざるを得ない一つの事実である。つまり狩野亨吉の蔵書である。しかも尋常な蔵書ではない。貴重な本を買っては読み、家が手狭になるとそれを知り合いのいた東北大学に贈った。それで東北大学には十万冊もの〝狩野文庫〟ができたという。しかも整理好きで、すべてはカードで検索できるようにしていたという。手元になくてもカードを見ればわかったそうだ。さらに狩野は「恐るべき記録魔、保存魔」であった。「セックスへの関心も常軌を逸していた」。その詳細がまたすごい。どのような記録でも日記に記していたそうだ。どうすごいかはわたしなどがとても書けるものではない。みなさんには読んで確認していただくしかない。でもなあ、いくらなんでもそんなことまで記録するなんて、ああ、と思うほどのことまで記録していた。さらに彼の浮世絵春画の蒐集は「世界最大のもの」だったそうだ。いまなら超一流のオタクといわれる人物である。ここまで道を極めた人間が面白くないわけがない。

【この書評が収録されている書籍】
雑な読書 / 古屋 美登里
雑な読書
  • 著者:古屋 美登里
  • 出版社:シンコーミュージック
  • 装丁:単行本(304ページ)
  • 発売日:2017-01-20
  • ISBN:4401643968
内容紹介:
英米文学をはじめ多くの作品を手掛けている翻訳家・古屋美登里氏が“雑読”を旨とする幅広い選書と軽妙洒脱な文章で導く豊かな世界…BURRN!1994年1月号から連載中の書評エッセイ、初期の傑作50選!著者と書評家・豊崎由美氏が「本を読む愉しみ」を大いに語る対談も収録!!

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本が好き、悪口言うのはもっと好き / 高島 俊男
本が好き、悪口言うのはもっと好き
  • 著者:高島 俊男
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(319ページ)
  • ISBN:4167598019
内容紹介:
東アジアの国名表記にメスを入れ、わが国の外交にも影響を与えた痛快篇「『支那』はわるいことばだろうか」をはじめ、狩野亨吉、江馬修、李白と杜甫らを論じた傑作人物エッセイ、「書評十番勝負」「新聞醜悪録」「湖辺漫筆」など、すべての本好きに捧げる名篇を収めて第11回講談社エッセイ賞を受賞した快心の評論集。

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初出メディア

BURRN!

BURRN! 1995年12月号

世界最大の実売部数を誇るヘヴィ・メタル/ハード・ロック専門誌。海外での独占取材を中心に、広いネットワークで収集した情報量の多さと、深く掘り下げた読み応えのある記事の質の高さは、幅広いファン層から熱烈に支持されているのみならず、世界中のミュージシャンからも深い信頼を受けています。

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