書評
『孕むことば』(マガジンハウス)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
これはエミリー・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)の新訳という大仕事を引きうけるにあたって、出産は諦めることになるんだなあと思った当時アラフォーの鴻巣さんが、しかしそこから一転、四十歳で出産をし、子育ての日々を送ることになった経緯と現在進行形の育児の様子に、鴻巣さんが読んだ文学作品の話や、日常生活の中で気になった言葉の話を絶妙に絡めるという、読んで面白い上にためになる、幾重もの読み心地が味わえるエッセイ集になっているんです。
あとがきに〈わたしにとって子どもを孕むことは、ことばを孕むことだった〉とありますが、まさに言い得て妙というべきで、出産・育児の現場で新たに見聞した言葉に対して、鴻巣さんは好奇心いっぱいににじり寄り、やがて自分の言葉にしてしまうのです。たとえば、子育ての世界でよく使われるという「頻回」を〈「わたし妊娠中でーす」「子育て中でーす」という意気込みの漂う、“現場感”あふれることば〉として我がものとする言葉おたくの鴻巣さんは、「完全母乳」略して「完母」という言葉からは〈子どものために「自然なもの」を選ばないのは母親失格といった空気すら漂ってくるのである。もちろん、完母を貫こうとする母親たちは子どもの心身の健康を思って実行しているに決まっている。ただ、完母をとりまく環境のなかに、ある種の「いじめの構造」が垣間見えるとき、わたしはげんなりしてしまうのだ〉という考察に至ります。
我が子が日々成長する中で口にする言葉に対しても、もちろん興味津々。おさな子の聞き間違いや言い間違いから、翻訳の話や文学の話へとつなげていく“文(の)芸”は、そこらに転がっている小説家の贅沢自慢エッセイなんかとは比べるべくもなく見事です。また、それらの文章がすべて愛情に満ちていながら、しかし同時に我が子も他者という冷静な視線を通しているがゆえに、わたしのような未婚・未産の人間が置いてきぼりにされる感なしで読むことができるのも、このエッセイ集の美点というべきでしょう。
結婚した人しない人、結婚・出産に迷ってる人、つまりすべての人におすすめできる、これは極上の一冊なんであります。
【この書評が収録されている書籍】
 
 ◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
読んで面白い上にためになる、極上のエッセイ集
未婚にして未産のわたくしは、これまで「ゼクシイ」という雑誌を手にとったこともなければ、いわんや出産&子育てエッセイなど読んだこともございません。んが、しかし、この人が書いたとあっては読まなきゃ仕方ありません。鴻巣友季子、ガイブン読みのわたしが尊敬してやまない翻訳家の一人なんですから。これはエミリー・ブロンテ『嵐が丘』(新潮文庫)の新訳という大仕事を引きうけるにあたって、出産は諦めることになるんだなあと思った当時アラフォーの鴻巣さんが、しかしそこから一転、四十歳で出産をし、子育ての日々を送ることになった経緯と現在進行形の育児の様子に、鴻巣さんが読んだ文学作品の話や、日常生活の中で気になった言葉の話を絶妙に絡めるという、読んで面白い上にためになる、幾重もの読み心地が味わえるエッセイ集になっているんです。
あとがきに〈わたしにとって子どもを孕むことは、ことばを孕むことだった〉とありますが、まさに言い得て妙というべきで、出産・育児の現場で新たに見聞した言葉に対して、鴻巣さんは好奇心いっぱいににじり寄り、やがて自分の言葉にしてしまうのです。たとえば、子育ての世界でよく使われるという「頻回」を〈「わたし妊娠中でーす」「子育て中でーす」という意気込みの漂う、“現場感”あふれることば〉として我がものとする言葉おたくの鴻巣さんは、「完全母乳」略して「完母」という言葉からは〈子どものために「自然なもの」を選ばないのは母親失格といった空気すら漂ってくるのである。もちろん、完母を貫こうとする母親たちは子どもの心身の健康を思って実行しているに決まっている。ただ、完母をとりまく環境のなかに、ある種の「いじめの構造」が垣間見えるとき、わたしはげんなりしてしまうのだ〉という考察に至ります。
我が子が日々成長する中で口にする言葉に対しても、もちろん興味津々。おさな子の聞き間違いや言い間違いから、翻訳の話や文学の話へとつなげていく“文(の)芸”は、そこらに転がっている小説家の贅沢自慢エッセイなんかとは比べるべくもなく見事です。また、それらの文章がすべて愛情に満ちていながら、しかし同時に我が子も他者という冷静な視線を通しているがゆえに、わたしのような未婚・未産の人間が置いてきぼりにされる感なしで読むことができるのも、このエッセイ集の美点というべきでしょう。
結婚した人しない人、結婚・出産に迷ってる人、つまりすべての人におすすめできる、これは極上の一冊なんであります。
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