現実をヒントに現実を超える
アメリカの女性作家ジュディ・バドニッツは奇妙な作品を書く人だ。短編集では2冊目の邦訳となる本書も、現実ではありえない出来事がモチーフとなっている。「わたしたちの来たところ」は4年も胎内に留めて巨大な男の子を産む女の話。「優しい切断」では縫合と切断の名医が、切り落とした腕を地面に植えると育っていく。「奇跡」は白人カップルから石炭のように真っ黒な赤ん坊が生まれる。荒唐無稽のようだが描写は精密で一語一語が切実な感情を呼び起こす。寓話とはちがうし、ファンタジーのように甘くもなく、また風刺を目的としたものとも異なる。生きることの違和感や、偽善を見抜くシニカルさや、社会情勢への批判眼が、ユーモラスな筆致のなかに隠されている。
つまり旺盛な批評精神の持ち主なわけだが、現実界を見下ろすような高踏的なところはなく、その逆の自分好みの世界を作りあげようとする内向性とも無縁だ。現実への鋭い眼差しを手放さずに、寓話とSFとおとぎ話を串刺しにしたような独自の作品世界を展開していく。
もしかしてこの手法は、彼女が現実界の出来事に敏感すぎるゆえに選択されたのではないか。きっとそのまま描いたのではぬるすぎて歯がゆいのだ。「わたしたちの来たところ」の母親がなかなか出産しないのは、アメリカで生んだ子はアメリカの国籍がもらえるので密入国しようと試みるうちに時間が経ったからで、社会的現実がヒントになっているのは明らかだ。特に今回は扱われる現実が広がり、人種、文化摩擦、戦争、非常事態などが独自の視点により浮き彫りにされていく。
赤ん坊がよく登場するのも特徴で、読みながら最近子供を産んだ友人の「自分の中から出てきたのに知らない人だった」という名言がよみがえった。バドニッツの小説を支えているのは、まさにこのような感受性である。