書評

『あなたを選んでくれるもの』(新潮社)

  • 2020/01/05
あなたを選んでくれるもの / ミランダ・ジュライ
あなたを選んでくれるもの
  • 著者:ミランダ・ジュライ
  • 翻訳:岸本 佐知子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2015-08-27
  • ISBN-10:4105901192
  • ISBN-13:978-4105901196
内容紹介:
映画の脚本執筆に行き詰まった著者はフリーペーパーに売買広告を出す人々を訪ねることに。カラー写真満載、心を打つインタビュー集。

ネット中毒のアーティストが、無料新聞の個人広告主に会いに行く。果たして彼女はそこで何を見つけたか?

ミランダ・ジュライはアーティスト、パフォーマー、作家である。アーティストとして横浜トリエンナーレに出品したこともあるし、小説は短編集『いちばんここに似合う人』が翻訳されて高く評価された(Twitter文学賞も受賞した)。映画を撮ればいきなり処女作がカンヌ映画祭に出品、カメラ・ドールを獲得する。才女という奴である。これだけなんでもできて、若くて美人となるとやっかまれることも多かろうと思うのだが、実際できあがってくるものが面白いのだから文句のつけようもない。

監督第2作『ザ・フューチャー』(11年)は三十絡みのカップルが主人公である。すっかりネット漬けになっている2人は、同じ部屋にいても直接会話しないでラップトップの画面でチャットをしているほどだ。2人はシェルターにいる捨て猫を引き取ることにするが、それをきっかけに自分たちの生活を見直そうと考える。手始めにネット漬けの生活をやめて、人生を取り戻すのだ。じゃあネットをやめて……やめて……やめて何をやったらいいんだろう?

ミランダ・ジュライの映画はどこまでも現代的である。映画的である以上にジャーナリスティックなのだ。自分の人生を見つけようとあがいて、あがけばあがくほどドツボにはまっていくヒロインをジュライは自作自演で演じる。いかにも自意識過剰だが、それこそが彼女の芸術なのである。どうしたってそれは自分の話になってしまうのだから、いっそ自分が演じるほうが正しくフィクショナライズされるだろう。そうやって、ジュライは現代性を獲得してきたのである。

いともたやすく成功の階段を駆け上がってきたかに見えるジュライだが、監督第2作製作までは結構な困難があった。登場人物たちがネット生活を離脱しようとして迷走しはじめるように、ジュライ自身もカップルに何をさせるべきか決められなかったのだ。脚本は一向に進まず、当初予定されていた配役も、スポンサーも流れてしまう。悩んだジュライは当然のように現実逃避をはじめる。それが『ペニーセイバー』だった。

『ペニーセイバー』はL.A.近郊で配布されている無料新聞である。「売ります、買います」の個人広告を集めたものだ。それはひなびたモールのように、誰も目を止めない存在になっている。Craigslistがインターネットに登場して以来、個人売買の中心はあっというまにネットに移ってしまったからである。今では『ペニーセイバー』に広告を出すのはネットのことがよくわからない情弱な高齢者や低所得者だけである。そこにはどんな人がいるのだろう? それはまちがいなくインターネットでは出会えない人に違いない。ネット中毒ゆえにネットの外にいる「本物の人」への渇望を感じていたジュライは、『ペニーセイバー』に広告を出している人に実際に会いに行くことを思いつく。そうすれば、ネットを閉じた主人公が町で出会う人たちとの「本物」の会話が書けるかもしれない。

そんなふうに思いこんだジュライは、録音機を手に、カメラマンを連れてインタビューに訪れる。そうして出会った人たちとの会話をまとめたのが本書『あなたを選んでくれるもの』である。これは『ペニーセイバー』に広告を出している人たちが売ろうとしている「もの」にまつわる話だ。もちろん、その人がなぜその「もの」を手に入れ、なぜそれを手放そうとしているかについて聞くことは、その人自身について聞くのと同じことだ。ネットにいない「本物の人」との出会いで、ジュライは何を見つけるのか?

出会いは自分自身を見いだすことでもある。インドの衣装を売っているというお金持ちの女性に、何を描いているのかと訊ねられたジュライは

「まあたいていは、誰かが誰かと何らかの形でつながろうとすることだとか、そういうことの大切さだとか、そんなようなことです。それと、つながりたいのに、さまざまな形でそれを必要以上に難しくしてしまうことだとか」

と答えるのだが、これほど見事なジュライの小説の要約は見たことがない。その先には笑いがあり、感動があり、恐怖があり、過剰なるものがある。これはジュライによるドキュメンタリーの試みであり、その結果として彼女は進むべき道を見いだす。ジュライは現実と出会いなおし、どうしたらそれを映画に取り込めるかを知るのだ。本書を読み終えたあと、かならずやもういちど『ザ・フューチャー』を観直したくなることだろう。
あなたを選んでくれるもの / ミランダ・ジュライ
あなたを選んでくれるもの
  • 著者:ミランダ・ジュライ
  • 翻訳:岸本 佐知子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(245ページ)
  • 発売日:2015-08-27
  • ISBN-10:4105901192
  • ISBN-13:978-4105901196
内容紹介:
映画の脚本執筆に行き詰まった著者はフリーペーパーに売買広告を出す人々を訪ねることに。カラー写真満載、心を打つインタビュー集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2016年1月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
柳下 毅一郎の書評/解説/選評
ページトップへ