書評

『ファスビンダー、ファスビンダーを語る <第2・3巻>』(boid)

  • 2022/01/29
ファスビンダー、ファスビンダーを語る <第2・3巻> / ライナー・ヴェルナー ファスビンダー
ファスビンダー、ファスビンダーを語る <第2・3巻>
  • 著者:ライナー・ヴェルナー ファスビンダー
  • 翻訳:明石 政紀
  • 出版社:boid
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2015-08-20
  • ISBN-10:4865380388
  • ISBN-13:978-4865380385
内容紹介:
死後30年以上経ったいまも、世界中の映画作家や映画ファンたちを魅了し続けるファスビンダー(1945~82)。 演劇時代から初期のキャリアを語った第1巻に続き、映画監督として新しい段階へ踏み出し… もっと読む
死後30年以上経ったいまも、世界中の映画作家や映画ファンたちを魅了し続けるファスビンダー(1945~82)。 演劇時代から初期のキャリアを語った第1巻に続き、映画監督として新しい段階へ踏み出した70年代(第2 巻)、念願の巨編『ベルリン・アレクサンダー広場』をはじめ、名作を次々に生み出した最後の3年半(第3巻)。 ファスビンダーがその活動のすべてをありのままに語る、完全版インタビュー集、ここに完結(第2・3 巻合本)。

ファスビンダー原理主義者には、ページをめくるのがもったいないほどの宝物

2015年最後の号なので、今年出版されたけれど、なんらかの理由でとりあげそこなっていた本をとりあげることにしたい。つまり、今年もっとも重要な1冊である。

さて、ご存じかどうかは知らないが、ぼくがこの世でもっとも好きな映画作家はライナー・ヴェルナー・ファスビンダーである。世界でもっとも重要な映画作家はファスビンダーである、と個人的には確信している。今後日本映画の新作が1本も作られなくとも、ファスビンダーの映画を観ているだけで満たされる(……というのはよく使われるレトリックなのだが、こと日本映画について言えばそれは事実なのではないかという気が最近している……)。そんなライナー・ヴェルナー・ファスビンダーについての、もっとも重要な本が出版されたとなれば、それはとりもなおさず2015年のもっとも重要な映画本だということだ。それが『ファスビンダー、ファスビンダーを語る』第2、3巻(boid)である。(第1巻は2013年に発刊されている)。

映画監督が自作について語る。『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』という空前の名著が出てより、それは映画の解説としてはもっとも一般的なかたちになった。それなりの監督になれば『~オン~』という『映画監督、自作を語る』シリーズの本が作られている。だが、当然ながらそれは功成り名遂げた監督にかぎられる。自分のキャリアをふりかえり、失敗と成功を認める余裕は引退した監督にしか許されない贅沢だ。現役の映画監督が過去のキャリアをふりかえられるはずがない。なぜなら現役監督はつねに次の映画を抱えているからである。

さてファスビンダーである。ファスビンダーはきわめて多作な映画監督だった。1969年に長編映画監督デビューしてから1982年までの14年間で長編映画41本。ほかに舞台もやりTVも撮った。およそこれほど忙しく生きた人もいないだろうというぐらいひたすら創りつづけたのがファスビンダーの人生だった。1982年、ドラッグの過剰服用により死亡するが、枕元には次回作のメモがあった。そんなふうに走りつづけていたのがファスビンダーである。ファスビンダーが立ち止まって過去を回顧する? そんなことがあるわけない(止まったら死んでしまう)。だからファスビンダーが自作を語るインタビューなんて存在するはずがない。あるわけがないものが、ここにあるのだ。

この本はぼくのようなファスビンダー原理主義者にとっては宝物である。1ページ1ページ、めくるのがもったいないくらいいとおしい本だ。ファスビンダーがまとまったインタビューで自作をふりかえることはなかったが、もちろん折々にインタビューは受けている。新作が出るタイミングもあれば、気心の知れた評論家相手にざっくばらんに喋ることもある。そうしたインタビューを年代順に厳選して収録すれば、ほぼ全キャリアをカバーできるインタビュー集ができるはずだ……とはいうものの、それが実際にこうして大部の本となって登場すると驚きも喜びもひとしおである。これは愛の本だ。これにかかわったすべての人(編者から翻訳者から版元まで)はファスビンダーへの、いや映画というより大いなるものへの愛に衝き動かされている。そうでなければこんな本ができるわけはないのだ。

インタビューは年代順になっているが、第2、3巻に収録されているのは1972年『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のころから1982年『ケレル』製作中のインタビューまでである。読んで何よりも驚くのはその明晰さだ。ファスビンダーは気分屋で、暴君で、天狗であるとよく言われた(それはたぶんすべて真実である)。だが、ここから見えるファスビンダーの顔は真摯で、真剣で、きわめて明快に映画を語る理想主義者である。ファスビンダーはしばしばエゴイスティックにいじめあう人間関係を痛烈きわまりなく描いた。だが、それはエゴイスティックな人々を批判するためではないのだ、とファスビンダーは語る。問題はエゴイスティックなふるまいを人々に強制する社会のほうにある。

「小さな幸せを安全な片隅でこしらえた人を除けば、ぼくらは関係を築きあげたり、お互い分かり合えたりする可能性を人に与えないシステムのなかに生きてるんです。ひとつひとつの世代を教育するやり方が、あらゆるコミュニケーションのこうした不在を招くんです」

ファスビンダーがアンチテアーターの劇団員たちとSM的関係を結んでいたことを知っている人には、これは言い訳のようにも聞こえるかもしれない。だが、

「人間が支配体制もヒエラルキー構図もない社会をつくれるはずだと思ってますからね。それが絶対可能だって信じてるんですよ」

とアナーキズムへの信仰を語るファスビンダーはまちがいなく真摯である。

「この社会での生活は、どっちみちひどく規格化された生活なんです。で、越えちゃいけない点や線がいっぱいある。そこに近づくだけで危険になってしまう点や線がね。こういうものがよってたかって限界で成り立つ仕組ができあがってるんですよ。で、それに対抗するたったひとつの手段は想像力なんですけど、やりつづけるしかないのは、想像力でこの限界の仕組の不条理を暴くことなんです。そうすればいつの日か、こういう限界をなくすチャンスが訪れるかもしれない」

世界を変えられるのは想像力だけなのである。
ファスビンダー、ファスビンダーを語る <第2・3巻> / ライナー・ヴェルナー ファスビンダー
ファスビンダー、ファスビンダーを語る <第2・3巻>
  • 著者:ライナー・ヴェルナー ファスビンダー
  • 翻訳:明石 政紀
  • 出版社:boid
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2015-08-20
  • ISBN-10:4865380388
  • ISBN-13:978-4865380385
内容紹介:
死後30年以上経ったいまも、世界中の映画作家や映画ファンたちを魅了し続けるファスビンダー(1945~82)。 演劇時代から初期のキャリアを語った第1巻に続き、映画監督として新しい段階へ踏み出し… もっと読む
死後30年以上経ったいまも、世界中の映画作家や映画ファンたちを魅了し続けるファスビンダー(1945~82)。 演劇時代から初期のキャリアを語った第1巻に続き、映画監督として新しい段階へ踏み出した70年代(第2 巻)、念願の巨編『ベルリン・アレクサンダー広場』をはじめ、名作を次々に生み出した最後の3年半(第3巻)。 ファスビンダーがその活動のすべてをありのままに語る、完全版インタビュー集、ここに完結(第2・3 巻合本)。

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2016年2月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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