書評
『アデュ〜 ポルノの帝王久保新二の愛と涙と大爆笑: エッチ重ねて50年!!』(ポット出版)
出演作850本! ピンク映画界の大ベテランが語る正しいピンク映画史
久保新二が拾い集めたのは「正史」からこぼれおちた、いかがわしく、妙ちきりんな話
アデュ~ ポルノの帝王久保新二の愛と涙と大爆笑 エッチ重ねて50年!!なんという素晴らしいタイトル。これだけでレビュウを終えてしまいたくなるほどに完璧なタイトルである。これこそ日本最大のポルノ男優による50年のセックスと涙と笑いの記録だ。久保新二は1966年、若松孝二の『血は太陽より赤い』でピンク映画デビュー(1951年生まれなので15歳のとき……)して以来、出演作850本を数えるポルノ界の大ベテランである。2013年「未亡人下宿」シリーズに出ていた堺勝朗の訃報を聞いた久保新二は、たこ八郎、野上正義をはじめ、シリーズのおもだった役者陣がみなあの世に行ってしまったことを知る。その死を受けて開いた「名優たちを偲ぶ会」で滝田洋二郎からぽつりと「久保チン、ピンクの歴史を残しといてよ、久保チンしか語れないんだから」と言われ、久保新二はこの本を書くことにしたのだという。
「ポルノの帝王」の名は伊達ではない。ピンク修行の最初期、向井寛監督の作品に出たときのことだ。
「明朝は7時集合だ、寝る時間がない、習志野まで帰って電車内で寝てしまったらどうしようか、とか悩んでた時、向井監督が(一星)ケミを呼び、俺達の前で『明日は2人の濡れ場があるからな、大事なシーンだから今夜はラブホに2人で泊まって雰囲気作りをするように……』とホテル代をくれたのだ」
ちなみに一星ケミは「濡れないので」もっぱら口を使っていたと久保は言う。ケミと久保は同棲していたが、
「ケミは野獣会のメンバーで、夜は鳳蘭の店でバイトしてた。水商売……酒とナロンやハイミナールを飲み、ケミはだんだんと精神的におかしくなっていった……」
いやそれ本当なの? というか、久保新二がたいへんな二枚目だったのは事実で、モテまくったのも本当なのだろうが、監督が金出して「おまえら泊まってけ」なんてことがありうるのか? と思ってしまうのだが、それもこれも“久保チン”の語るファンタジーなのである。ほかにもさまざまな女優とやった話、裏話が次から次へと登場する。アフレコのときにちゃんとした声を出すために愛撫してたら、気分が出すぎてしまってついおっぱじめてしまったとか、やたらに共演者やスタッフに裸を見せたがる妙な女の子がいたと思ったらアフレコ2日前に別れた恋人の部屋からステレオや冷蔵庫を盗みだして逮捕されたとか。妙ちきりんなエピソード、ぶっとんだ女の嘘みたいな話がてんこ盛りである。
当然ながらピンク映画撮影現場のお話もたっぷり盛り込まれている。ゲリラ撮影が基本だったかつてのピンク映画、旅館で教育映画だと偽ってロケをしていたら久保新二の顔でピンク映画とばれて追い出されてしまう話。あるいは下着漁り中にあわてて押し入れに逃げ込む芝居をしたら押し入れの床が抜けて1階まで落ちたとか(でもその晩は主演女優が慰めに来てくれて……)、痴漢電車モノの撮影のために電車の中でズボンをおろし、カメラが待ち構えているホームに歩き出すとばったり倒れて駅員相手に酔っぱらってるふりをしてごまかすとか、そんな無茶な話が次々に登場する。
もちろんいちばん頁を割いて語られるのは久保新二最大のヒットでもある「未亡人下宿」シリーズである。ピンク映画界の名脇役たちがやりたい放題に暴れまわった「未亡人下宿」シリーズでは、それぞれのメンバーにまつわる逸話が紹介される。ロケ現場で港雄一と旅館の女中相手に3Pした話。たこ八郎のボクシング時代のトロフィーが処分されてしまったいきさつ(たこ八郎自身もあわや処分されてしまいそうな目に!)。シリーズの監督はもちろん山本晋也だが、この「天才監督」への愛憎半ばする思いは深い。助監督が撮影中に怪我したときに「怪我なんかしやがって~」とぼやいたことを思いだし、「この一言で、山本晋也監督の人間性をみたね」と語る。やがて山本晋也はTVの深夜番組でレポーターとして頭角をあらわし、「カントク」としてタレント化するとともに過去を切り捨てていく。
久保新二がひろい集めるのは、そこで切り捨てられていった過去のかけらである。たぶん「正史」からはこぼれ落ちてしまうもの、大事でもなんでもない逸話。真実とも嘘ともつかないいかがわしい話。だがエロとは、笑いとは、ピンク映画とはそもそもそういうものではなかったか。だからこの脱線しかないとてつもなく愉快な本は、正しくピンク映画の歴史なのである。
映画秘宝 2015年4月号
95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho。
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