書評

『映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~』(洋泉社)

  • 2021/12/01
映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~ / 稲生 平太郎,高橋 洋
映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~
  • 著者:稲生 平太郎,高橋 洋
  • 出版社:洋泉社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(414ページ)
  • 発売日:2014-03-25
  • ISBN-10:4800302838
  • ISBN-13:978-4800302830
内容紹介:
幻のフィルム・ノワールからZ級作品まで100本以上の映画を滅多切り!!『定本何かが空を飛んでいる』『アムネジア』の幻想小説家と『恐怖』『リング』の監督/脚本家が挑む、暗黒と白熱の映画談義!

稲生平太郎と高橋洋が用意した手術台に横たわる、映画という装置

映画というものは、ごくまれに、現実を乗り越える瞬間を呼び込むことができる。

あなたは映画に何を求めているのだろう? 安心して楽しめる娯楽だろうか? なじんだ世界で起きる予定調和のストーリーだろうか? だったら、あなたはこの本を読む必要はない。この本は映画にもっと不穏なものを求めている人のためのものだ。これまで見たこともないものを見て驚きたい人、見慣れたはずの世界が突然見知らぬものに変容する恐怖を求めている人、映画の向こう側から何かがこちらに侵入してくる瞬間を待っている人……あなたは光を見るだろう。映画という存在を一変させてしまう光を。

そう、映画には光がある、と高橋洋と稲生平太郎の2人は語る。この異色の顔合わせによる対談では、映画に対するまったく新しい見方が語られる。いや、たぶん誰もが知っているのだが、言葉にしたことがなかった内容が言語化されるのだ。たとえば世の中には手術台映画というものがある。映画に手術台が登場し、そこに誰かが横たえられるとき、映画の中では何かとてつもないことが起こる。それは映画の根源に触れることなのかもしれない。あるいは、世の中には沼地映画というジャンルがあり、画面に水が出てくると映画は異様な光を放ちはじめる。それとも光はどうだろう? 映画の中で放電現象が起きるとき、その光はときにこの世ならざる輝きを帯びる。画面に生まれる裂け目の向こうから差し込む光を目撃することができる。

『リング』の脚本家にして『恐怖』や『ソドムの市』の監督である高橋洋と、『何かが空を飛んでいる』『アクアリウムの夜』の作者であるオカルティストで作家の稲生平太郎という異色の2人による対談で語られるのは、映画とはこの世ならざるものを見せてくれる装置だということである。稲生平太郎は言う。

一番大事なのは、恍惚感、忘我感を与えてくれるかどうか、ってことなんです……ごくまれに、メディアの限界を超える瞬間を呼び起こせることがある。言い換えると、現実を乗り越える瞬間を呼び込むこと。ある媒体を使って、現実を乗り越える何かをそこに引き寄せること。それが起きる瞬問を召喚するのが芸術の目的だと思う……九九・九パーセントの作品では、何も起きないですよ。でも、〇・一パーセントぐらい、フィルムという媒体の中に、何らかのものが引きこまれる瞬間というのが存在すると思う。千枚の写真があれば、一枚ぐらいね。何か、あってはならない、ありえないものが、かすかに痕跡を残しうると。

映画はときに裂け目を見せ、現実の向こう側にあるものをかいま見せる。それは「動く心霊写真のようなもの」かもしれない。ホラー映画のような「向こう側」への感性にあふれた映画だけではなく、単なる低予算のSFやアクション映画であっても、ときとして、そこに何か見てはならないものが映りこんでしまうことがある。その一瞬をかいま見てしまったとき、我々の現実への理解はまったく異なるものになるだろう。その瞬問を垣間見せるかだけが映画の価値なのであり、予算の高低や映画史上の評価など何ほどのものでもない。かくして本書では映画に対するまったく新しい評価軸が打ち立てられ、映画史的には無視されてきた知られざる映画が称揚される。

たとえば2人は「スピルバーグの光はなんか違う」と言い、あるいは「『ミスティック・リバー』以降のイーストウッド」は「正しい監督」になってしまったと言って忌避する。この理屈のすべてに納得がいく人は少ないかもしれない(そもそも常識とは違うところからスタートしているのだから当然なのだが)し、ぼく自身もいくつか「この映画の評価は……?」と言いたくなる部分はある。だが、新鮮な視点というのはそういうものだ。そしてこれを読んでいると、かならずや自分なりの視点、新しい映画の見方が生まれてくるはずだ。 「水が関わると映画は面白くなる」という章では、「沼地映画」というジャンルが発見され、『狩人の夜』でシェリー・ウィンタースが車ごと沼に沈められるシーンには「原型的なものを見るような気がします」と高橋洋は言う。そこにはもちろん「水中の裸女」という映画的原型があり、『キッスで殺せ』からデ・パルマの『ファム・ファタール』まで水中で髪をなびかせるヌードの女たちが次々に登場するのだった。むくむくと自分だけの欲望がわきあがり、自分ひとりの映画史が立ちあがる。そんな妄想の映画史を作らせる『映画の生体解剖』は世にも恐ろしい本なのである。
映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~ / 稲生 平太郎,高橋 洋
映画の生体解剖~恐怖と恍惚のシネマガイド~
  • 著者:稲生 平太郎,高橋 洋
  • 出版社:洋泉社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(414ページ)
  • 発売日:2014-03-25
  • ISBN-10:4800302838
  • ISBN-13:978-4800302830
内容紹介:
幻のフィルム・ノワールからZ級作品まで100本以上の映画を滅多切り!!『定本何かが空を飛んでいる』『アムネジア』の幻想小説家と『恐怖』『リング』の監督/脚本家が挑む、暗黒と白熱の映画談義!

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初出メディア

映画秘宝

映画秘宝 2014年6月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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