老女とヘルパーの奇妙な関係
オーストラリアに虎はいないはず、いや、生息地ですら数が減っているのに、それが夜中に家に侵入してくる気配で小説は始まる。ルースは五年前に夫を亡くし、いまは夫婦で別荘として購入した海辺の家に独りで暮らしている。息子が母のあいまいな認識力を案じて電話をしてくるが、ルース自身は支障を感じておらず、細々した家事のタイミングを寄せては返す波の数で占って決めるような、だれからも指図を受けない生活を楽しんでいる。だが、虎の気配を感じた翌日、自治体から派遣されたというヘルパーが現れて日常は一変する。掃除好きで何事にも悠然と取り組むフリーダは、幅広の体格、褐色の肌、真っすぐな黒髪などがフィジー島出身を思わせる。ルースは毎日変化する彼女の髪形やはっきりと物を言う態度に驚きつつも、惹かれていく。
宣教師だった父の仕事の関係で子供時代をフィジーで過ごしたルースにとって、フリーダは島の記憶を甦らせる存在だ。初恋の人リチャードに家に来ないかと手紙を書いたりするのも、独りならばしなかっただろう。だが、枯れかかった人生を活気づけるマレビトはミステリアスな雰囲気をもまとっている。それはフリーダのキャラクターによるものなのか、それとももっと違う何かなのか。
ルースの視点で書かれる描写はリアリティーにあふれ、現実と幻の境界は難なく飛び越えられていく。エンディングの筋書きは読者を現実界に戻すのに必然の仕掛けだろうが、市街から離れた海辺の家でふたりが築いていく密室的関係と、それが運んでいく世界のほうが圧倒的に力強い。その明暗のはっきりしない領域を、虎という生き物が見事に表象している。
老女の心理をこれほど生き生きと描く作者はどんな人物かと思えば、1978年シドニー生まれ。この若さで畏怖すべき想像力と構成力だ。