書評

『ムーン・パレス』(新潮社)

  • 2017/11/28
ムーン・パレス / ポール・オースター
ムーン・パレス
  • 著者:ポール・オースター
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(532ページ)
  • 発売日:1997-09-30
  • ISBN-10:4102451048
  • ISBN-13:978-4102451045
内容紹介:
人類がはじめて月を歩いた夏だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽… もっと読む
人類がはじめて月を歩いた夏だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽き、餓死寸前のところを友人に救われた。体力が回復すると、僕は奇妙な仕事を見つけた。その依頼を遂行するうちに、偶然にも僕は自らの家系の謎にたどりついた…。深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。
七年ほど前に現在の住居に移った時、わたしはしばらく一〇〇箱近いダンボールに囲まれて生活していたことがある。中味は全部本。ダンボールの上で食事をし、ダンボールの上で原稿を書き、ダンボールの上で本を読んだ。

『ムーン・パレス』を読んだ時、思わずニヤリとしたのも、その経験があったから。主人公のマーコは大学進学の際に、育ての親の伯父さんから一〇〇〇冊以上の蔵書を贈られる。それらの本が入った箱で、虚構の家具を作り上げるマーコ。「十六箱のセットがマットレスの台になり、十二箱のセットはテーブルに、七箱の数組がそれぞれ椅子に」。マーコは友達に自慢する。「ベッドにもぐり込めば、君の夢は十九世紀アメリカ文学の上で生まれるんだぜ。食卓につけば、食べ物の下にはルネッサンスがまるごと隠れてる」と。

が、虚構の家具は一年後に崩されることになる。マーコの最愛の伯父さんが急死してしまうのだ。その日をきっかけに、彼は別の世界に入り込んでいく。家の中に引きこもって、ダンボールの箱を開け、伯父さんの愛した本を読み、読み終えると古本屋に売り……。やがて家賃を払うのにも事欠き、餓死寸前になったところで、マーコは美しく聡明な中国女性キティと出会う。そして、偏屈な盲目の老人の家で住み込みで働くようになり、さらには凄まじく肥満した歴史学者と知り合いになる。マーコを聞き手に、自分の生涯を物語る老人と歴史学者。一見関係なさそうな二つの物語が少しずつつながっていくにつれ、マーコの出生の謎も明らかになっていき――。

一級品の青春小説であり、恋愛小説であり、ミステリーであり、冒険小説であり、といった様々な物語の形式を盛り込んだ、オースター作品の中でも最もリーダビリティの高い作品だ。その背景に月着陸やベトナム戦争といった出来事を配することで、様々な寓意に満たされた物語を現実の世界につなぎとめる工夫もなされていて、それも読みやすさの一助になっている。

さて、かつて家具だった我が家の本も今はさすがに書棚に収まっている。でも、この七年間で増殖した本たちはといえば……。新たな家具化が進む今日この頃。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ムーン・パレス / ポール・オースター
ムーン・パレス
  • 著者:ポール・オースター
  • 翻訳:柴田 元幸
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(532ページ)
  • 発売日:1997-09-30
  • ISBN-10:4102451048
  • ISBN-13:978-4102451045
内容紹介:
人類がはじめて月を歩いた夏だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽… もっと読む
人類がはじめて月を歩いた夏だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽き、餓死寸前のところを友人に救われた。体力が回復すると、僕は奇妙な仕事を見つけた。その依頼を遂行するうちに、偶然にも僕は自らの家系の謎にたどりついた…。深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。

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