書評
『死体展覧会 (エクス・リブリス)』(白水社)
人が人として扱われない日常
謎めいた組織の新入りエージェントになった「私」は、幹部と思われる「彼」に仕事のレクチャーを受ける。「私」に与えられた任務とは、クライアントを殺し、その死体を芸術作品として市街に展示することだった。「彼」は組織を欺こうとしたあるエージェントの末路を語るが……。残酷かつ鮮烈なヴィジョンに引き込まれずにはいられない表題作ほか、13編を収めた短編集だ。著者のハサン・ブラーシムは、1973年バグダッド生まれ。小説家であり、詩人、映像作家、劇作家でもある。政府の圧力から逃れるため、2000年にイラクを出国し、現在はフィンランドで暮らしているという。本書は初めての邦訳だ。フセイン政権下で育ち、イラン・イラク戦争、クウェート侵攻、湾岸戦争を目の当たりにしてきたブラーシムは、戦場の延長線上にある、人が人として扱われない日常を冷徹に描く。
少年が暴虐な兄に殴られながら自らの世界の神になる方法を学ぶ「コンパスと人殺し」、爆撃を避ける能力を持った男が思いがけない最期を遂げる「イラク人キリスト」、外国に流れ着いた難民が過激派グループをたらい回しにされた体験を告白する「記録と現実」など、どの物語の登場人物も常に恐怖と暴力に囲まれた穴のような世界にいる。脱出するすべはないし、たまたま出られたとしても、恐ろしい記憶が追いかけてくる。救いはない。けれども、穴の暗さを語る言葉は豊かだ。たとえば「あの不吉な微笑」で通りすがりの4人組に凄まじい暴行を加えられた男が、宙に舞うさまざまなものを幻視する場面は美しい。彼らが落ちた穴は、自分の生きている世界ともどこかでつながっている気がする。
週刊金曜日 2017年11月3日
わたしたちにとって大事なことが報じられていないのではないか? そんな思いをもとに『週刊金曜日』は1993年に創刊されました。商業メディアに大きな影響を与えている広告収入に依存せず、定期購読が支えられている総合雑誌です。創刊当時から原発問題に斬り込むなど、大切な問題を伝えつづけています。(編集委員:雨宮処凛/石坂啓/宇都宮健児/落合恵子/佐高信/田中優子/中島岳志/本多勝一)
ALL REVIEWSをフォローする



































