書評

『ぼくらが漁師だったころ』(早川書房)

  • 2017/11/24
ぼくらが漁師だったころ / チゴズィエ・オビオマ
ぼくらが漁師だったころ
  • 著者:チゴズィエ・オビオマ
  • 翻訳:粟飯原 文子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2017-09-21
  • ISBN-10:4152097140
  • ISBN-13:978-4152097149
内容紹介:
ナイジェリアの小さな町で暮らす四人兄弟を悲劇が襲う。圧倒的な筆力で描かれる少年時代の物語。ロサンゼルス・タイムズ文学賞受賞作

神話的な物語ではあるがナイジェリアの状況も浮かび上がる

アフリカ文学って何だろうか。アフリカ大陸には50以上の国があって、文化も多様であり、ひとつにくくるのは無理がある。おまけに日本で翻訳されるような作家は、ほとんどが英語やフランス語で作品を発表している。1986年ナイジェリア生まれのチゴズィエ・オビオマも、アメリカに移住して英語で『ぼくらが漁師だったころ』を書いた。本書を読むと単一の文化や言語でとらえられない複雑さに、アフリカ文学らしさがあるのだと思う。

舞台は90年代のナイジェリア。南西部の町アクレに住む9歳の少年ベン(ベンジャミン)が語り手だ。厳格な父が遠くの町に単身赴任したことがきっかけで、兄のイケンナ、ボジャ、オベンベと一緒に学校をさぼり、立ち入り禁止の川へ魚釣りに行くようになる。その川はかつて神として崇拝されていたが、住民がキリスト教に改宗したことによって打ち捨てられ、危険な場所になっていた。ある日、川のほとりで出くわしたアブルという〈狂人〉が、長男のイケンナに〈お前は漁師の手にかかって死ぬだろう〉と告げる。不吉な予言は、家族の運命を一変させてしまう。

4人は大人の目を盗んで川へ冒険に出かける自分たちを漁師に見立てていた。赴任先から一時帰宅した父は、息子たちが勉学をおろそかにして釣りに興じていたことを知り激怒する一方で〈お前たちには夢を釣り上げる漁師になってもらいたい〉〈オミ・アラのような汚いどぶ川の漁師なんかじゃなく、精神の漁師になれ。野心家になるんだ。この生命の川や海、大洋に手を浸し、成功するんだ。医者、パイロット、教授、弁護士になるんだ。わかったか?〉と言って激励する。つまり、ベンたちにとって漁師とは、勇ましく胸が躍る言葉だったのだ。ところが、イケンナはアブルの予言に囚われ、弟を漁師と見なす。そして3人のうちの誰かに殺されると思い込む。頼りにしていた長兄の豹変に弟たちは驚き、関係を修復しようとするが、やがて悲劇が起こる。

神話的な物語ではあるが、登場人物の日常生活から当時のナイジェリアの状況も浮かび上がる。ナイジェリアは60年に英国の植民地支配から独立したが、66年から93年にかけて7回もの軍事クーデターがあり、67から70年にはビアフラ戦争が勃発した。ベンの家族はイボ人。ビアフラ戦争で独立をもくろみ敗北した民族に属しているのだ。家族が暮らしているのは、ヨルバ人の多い地域。ナイジェリア中央銀行に勤め、プジョーに乗り、子供の学校に寄付をするほど裕福だったベンの父が、治安の悪い北部の町に異動になったのも、イボ人であることと無関係とは思えない。

父は西洋式の教育を信奉していた。息子たちに漁師になれと言ったのも、聖書でイエスの弟子になった漁師の話を思い出したからではないか。彼は民族対立の根深い祖国ではなく、祖国を支配していた国の文化に希望を見出した。その希望が失われるまでの経緯を、兄たちと違い英語の名前をつけられたベンが語るのだから残酷だ。

崩れゆく絆を取り戻そうともがけばもがくほど痛ましい出来事が起こるけれど、家族をいろんなな動物になぞらえるところなど、ベンの語りは生き生きとしていて自然との距離の近さも感じさせる。特に終盤の妹と弟をシラサギにたとえるくだりは美しい。少年たちの心の動きが繊細に描かれていて青春小説としても圧倒的な魅力がある。
ぼくらが漁師だったころ / チゴズィエ・オビオマ
ぼくらが漁師だったころ
  • 著者:チゴズィエ・オビオマ
  • 翻訳:粟飯原 文子
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(384ページ)
  • 発売日:2017-09-21
  • ISBN-10:4152097140
  • ISBN-13:978-4152097149
内容紹介:
ナイジェリアの小さな町で暮らす四人兄弟を悲劇が襲う。圧倒的な筆力で描かれる少年時代の物語。ロサンゼルス・タイムズ文学賞受賞作

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初出メディア

週刊金曜日

週刊金曜日 2017年10月6日

わたしたちにとって大事なことが報じられていないのではないか? そんな思いをもとに『週刊金曜日』は1993年に創刊されました。商業メディアに大きな影響を与えている広告収入に依存せず、定期購読が支えられている総合雑誌です。創刊当時から原発問題に斬り込むなど、大切な問題を伝えつづけています。(編集委員:雨宮処凛/石坂啓/宇都宮健児/落合恵子/佐高信/田中優子/中島岳志/本多勝一)

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