書評

『セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま』(朝日新聞社)

  • 2024/01/10
セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま / アーリー ホックシールド
セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま
  • 著者:アーリー ホックシールド
  • 翻訳:田中 和子
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(440ページ)
  • ISBN-10:4022561823
  • ISBN-13:978-4022561824
内容紹介:
共働きの女性には、勤務先から帰宅すると、家事・育児という「第2の勤務」が待っている。アメリカの社会学者が10組のさまざまなケースの共働きカップルを長期追跡調査し、新しい時代の男と女のあり方を提言。

夫と妻の出納簿

男と女の関係がむずかしい。

アメリカでは一九八六年に乳幼児を持つ母親の五四パーセントが働き、日本でも働く主婦が専業主婦の数を上回った。夫も妻も山に柴刈りに行って疲れて帰ってきたのに、どうして妻だけが川で洗濯もしなくちゃならないの。帰宅してからの家事を「セカンド・シフト」、訳して「第二の勤務」といい、その家庭、結婚、人生の感じ方への影響を女性家族社会学者が百四十五人にインタビュー、十組の夫婦について詳細に観察、分析したのがアーリー・ホックシールドの『セカンド・シフト』(朝日新聞社)である。

一九六五年の調査では、アメリカで働く母は一日三時間家事をしていたが、働く父はたった十二分。夫は妻より一時間長くテレビを見、毎晩三十分長く眠っていた。日本では一九八六年、共働き家庭での妻の家事・育児時間は一日二時間四十四分なのに夫はたった十分。まさに二十年前のアメリカなわけだ。こういう数字はあらためてショック。女性解放の先駆者、平塚らいてうの「奥村(夫君)は人生で私の何倍眠ったんでしょうね」という言葉を思い出す。

著者の見るところ、「家事は妻のつとめ」という伝統型の夫は一〇パーセント、「公平に分担する」平等型が二〇パーセント、「半分はやらないが三分の一以上はやる」移行型が七〇パーセントだという。これは日本よりいい数字だろう。

しかし著者はその分担の中身をリアルに点検していく。妻が毎日の夕食を作り、夫は家庭用品の修理や電球の取り替えをするが、これは先送りできる。医者へ子どもを連れていく、子どもの誕生日のプレゼント、クリスマスカードを書くなど細々した雑事も多く妻が気にかける。妻はいっぺんに三つのことをやり、夫は後片付けをするだけか子どもをみてるだけ。妻が休日たまった洗濯や床磨きに必死な間、夫は動物園で楽しく「育児を分担」する。妻は体を壊し、性生活もイヤ、夫への怒りをため、または夫に興味を失う事例も報告されている。これが「仕事も家庭も手に入れたキャリアウーマン」の実態なのである。

著者は日本の読者に事例があてはまるかどうかを気にしているが、じつにひとごととは思えなかった。周囲で見聞きするエピソードと酷似しているものもあった。なおかつ、日本では夫婦間で問題を話し合う習慣がないこと、長時間通勤、ラッシュアワー、家の狭さ、ローン地獄なども葛藤を深刻にしている。一方、日本の公的保育園、学童保育やこれを核とした地域の子育てネットワークなどは、厳しい個人主義のアメリカより幸せな状態にあるように思われた。

そして仕事や家事そのものよりも「セカンド・シフト」の分担をめぐる駆け引きや、孤立無援、自分を納得させるために妻たちが激しい〈精神労働〉でクタクタになるというのも身につまされた。私だっていやだと思いながら家事をしたり、しない夫に腹を立てたり、クヨクヨ悩むことで消耗していたもんなあ。

本書を妻だけが読めば、テンションはいよいよ高まるはずだ。「ウチはうまくいってる。僕もかなりやってる」という夫にこそ読んでほしい。共働き第一世代を見てきたから「私は結婚しない」という若い女性にも読んでほしい。

必要なのは「逃げ」ではなく「男にしろ女にしろ家庭や子どもを持つ人に合うように根本的にデザインしなおされた職業」なのだ。そのために一番読んでほしいのは、今ごろ「地球にやさしい」を叫び出した企業人や行政マンだろう。「人間にやさしい」ことも同じように大切ではないか。

【この書評が収録されている書籍】
読書休日 / 森 まゆみ
読書休日
  • 著者:森 まゆみ
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(285ページ)
  • 発売日:1994-02-01
  • ISBN-10:4794961596
  • ISBN-13:978-4794961594
内容紹介:
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、… もっと読む
電話帳でも古新聞でも、活字ならなんでもいい。読む、書く、雑誌をつくる、と活字を愛してやまない森さんが、本をめぐる豊かな世界を語った。幼い日に心を揺さぶられた『フランダースの犬』、『ゲーテ恋愛詩集』、そして幸田文『台所のおと』まで。地域・メディア・文学・子ども・ライフスタイル―多彩なジャンルの愛読書の中から、とりわけすぐれた百冊余をおすすめする。胸おどる読書案内。

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セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま / アーリー ホックシールド
セカンド・シフト 第二の勤務―アメリカ 共働き革命のいま
  • 著者:アーリー ホックシールド
  • 翻訳:田中 和子
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(440ページ)
  • ISBN-10:4022561823
  • ISBN-13:978-4022561824
内容紹介:
共働きの女性には、勤務先から帰宅すると、家事・育児という「第2の勤務」が待っている。アメリカの社会学者が10組のさまざまなケースの共働きカップルを長期追跡調査し、新しい時代の男と女のあり方を提言。

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よむ 1991年4月~1993年10月

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