書評
『クマとともに: ホッキョクグマ・ヒグマ・ツキノワグマの未来』(東京大学出版会)
自然環境の管理は人を幸せにするか
世界に八種類といわれるクマの仲間のうちで、ヒトの生活に関係の深い三種のクマ、ホッキョクグマ、ヒグマ、ツキノワグマについて、保全、管理、駆除に関わる現在の知見をまとめて解説している書物である。近年のクマの出没問題を考えると、時宜を得た出版だといえる。評者自身は小学生のころから国内外の山林で昆虫採集をしてきた。その間に多くの野生動物に遭遇する機会があった。大型獣ではニホンジカ、エゾシカ、中型の動物ではタヌキ、キツネ、アナグマ、肉食獣ではテン、オコジョ、イイズナ、小型の動物では各種のネズミ、モグラ、トガリネズミなどである。ただしクマに出会ったことはない。
ただここ数年で車内からクマを見かけたことがある。北海道でガード・レールの向こう側にほとんどタクシー待ちのような状態で立っていたヒグマの子、山梨県の大菩薩嶺(だいぼさつれい)のふもとの村で道路を歩いていたツキノワグマである。近年クマがヒトの生活圏に多く侵入してきたとされる一例かもしれない。
それまで採集の際にクマに出会わなかったわけではなく、私が周囲を虫眼(むしめ)で見ていたために、クマのような大きな対象には気づかなかった可能性が高いと思う。ヒトでも相手に気が付くと、あっちに行けという拒絶反応を無意識に起こす。これは臭いを出す反応で、おそらくフェロモンを分泌する。それに反応して相手が怒るので、ほとんどの人は自分が臭いを出しているのに気づかない。ヒトは嗅覚が鈍いからである。
もう十年ほど前になるが、長野北部の山のふもとにアファンの森を設立した故C・W・ニコルが、居住する村にクマが出るようになったと喜んでいたことを思い出す。村長が駆除するというので、反対したら、「クマとヒトと、どちらが大切だ」と訊(き)かれたと言い、クマだと言いたかったが我慢したと言っていた。そしてイギリスではクマはずいぶん前に絶滅した、日本は幸せだ、と嘆いていた。
こうしたクマかヒトかの問いかけのような乱暴な二分法は現在では通用しないと思うが、政治家としては無理もないし、政治家なら言いそうなことだと感じる。イノシシやシカ、さらにクマの生息調査のためにドローンを利用する手法も本書には紹介されている。ヒトの住んでいる建物に爆弾を落とすためにドローンを使用するよりよほど文明的な使い方だと思うが、どちらに対する予算なら、国会で認められやすいのであろうか。
本書の後半部分は最近のクマの大量出没に対する考え方や対策が丁寧に記され、第9章は「どうなるツキノワグマ」、終章は「クマの未来」となっている。つまるところその原則は、集落と自然環境を含めた地域の将来像をきちんと持ち、客観的なデータを丁寧に集め、しっかり現状を管理するというふうなことである。
やむを得ないとはいえ、こうした全体的な管理の進行は本当に人を幸せにするのか。動物の福祉を考えることは、結局ヒトの生き方を考えることなのである。
私はこれらの章をほとんど「ヒトの未来」と読み違えてしまうところだった。
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