書評

『東京四次元紀行』(イースト・プレス)

  • 2026/03/25
東京四次元紀行 / 小田嶋 隆
東京四次元紀行
  • 著者:小田嶋 隆
  • 出版社:イースト・プレス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(304ページ)
  • 発売日:2022-06-03
  • ISBN-10:4781621023
  • ISBN-13:978-4781621029
内容紹介:
「なんだ、小説じゃないか」。そう、これは稀代のコラムニストが書いた最初で最後の東京23区物語。「この文章を書きはじめるにあたって、私は、これまでコラムやエッセイを書く上で自らに課… もっと読む
「なんだ、小説じゃないか」。
そう、これは稀代のコラムニストが書いた最初で最後の東京23区物語。

「この文章を書きはじめるにあたって、私は、これまでコラムやエッセイを書く上で自らに課していた決まりごとをひとつ解除している。それは『本当のことを書く』という縛りだ」。
高度経済成長期から見つめてきた東京の記憶が今、物語となって蘇る。

残骸 新宿区
地元 江戸川区
傷跡 千代田区
トラップ 世田谷区
サキソフォン 杉並区
穴 墨田区
ギャングエイジ 台東区
八百屋お七 文京区
相続 葛飾区
焼死 品川区
カメの死 練馬区
はぐれたレンガ 目黒区
外界遮断装置 板橋区
幼馴染 大田区
見知らぬ赤子 荒川区
猫 足立区
欄干 北区
棒読み 中央区
稼業 渋谷区
記憶 豊島区
継母の不倫 江東区
ダイヤモンド 港区
プラ粘土

スパイク
指環
タイプライター
蔦の部屋 中野区
ロレックス
居なくなる男
2月の蛇
月日は百代の過客にして

孤独を抱え、流転していく

六月、六十五歳で亡くなった小田嶋隆が遺(のこ)した本書は、掌編小説集だった。稀代(きだい)のエッセイストならではの毒やロジックの魅力は影を潜めて、絶望的な状況でも生きていく人間を肯定的に描いている。叙情的な物語でさえある。

小説集としては異例なことに、小田嶋自身による序文とあとがきが収められている。「失敗した落語のマクラみたいなものになるだろう」と言い繕い「ただ、私はこれらの作品をあれこれいじくりまわしている間、とても楽しい時間を過ごすことができた」と内心を吐露するに至る。名をなした文筆家が小説を書くには、高い壁が立ちふさがっているとわかる。

二十三区をめぐる連作が中心である。新宿区にはじまり、港区で終わるが、前半が特にすぐれている。冒頭の「残骸−新宿区」では、語り手が運転している車が神保町の交差点で停止していると、突然「健二」が助手席のドアを開けて乗り込んできた場面が衝撃的であった。健二はやくざのチンピラであるとわかる。「愛嬌(あいきょう)のある下っ端は、どんな世界でも扱いやすい手駒として需要が高い」と書くあたりは、鋭い警句で知られた小田嶋の片鱗(へんりん)が見える。この健二は、その日に逮捕され、次の「地元−江戸川区」では、妻と幼児のいる家庭を持っているが、愛嬌は消え去り、暴力を制御できなくなっている。

サックス奏者として食べていく野心を持つ福島の中学生(「サキソフォン−杉並区」)。母子家庭に育って、公共図書館で時間を過ごす中学生と幼なじみ(「幼馴染(なじみ)−大田区」)。みな鬱屈(うっくつ)と孤独を抱え込んでいるがゆえに、痛ましく、胸を打つ。

登場人物たちが、リレーのように、区をまたいで流転していく。予定調和のような区のイメージに寄り添いつつ、巧みに裏切っていく。北区に生まれたなら、板橋、豊島、文京の一部まで。東京に育った人間の郷土意識は、半径五キロに限られるとするのも鋭い。戦闘的なツイートを間断なく発していた小田嶋は、東京をいとおしんでいた。人も区も、ひとところにとどまらず、流れていくのだと告げていた。
東京四次元紀行 / 小田嶋 隆
東京四次元紀行
  • 著者:小田嶋 隆
  • 出版社:イースト・プレス
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(304ページ)
  • 発売日:2022-06-03
  • ISBN-10:4781621023
  • ISBN-13:978-4781621029
内容紹介:
「なんだ、小説じゃないか」。そう、これは稀代のコラムニストが書いた最初で最後の東京23区物語。「この文章を書きはじめるにあたって、私は、これまでコラムやエッセイを書く上で自らに課… もっと読む
「なんだ、小説じゃないか」。
そう、これは稀代のコラムニストが書いた最初で最後の東京23区物語。

「この文章を書きはじめるにあたって、私は、これまでコラムやエッセイを書く上で自らに課していた決まりごとをひとつ解除している。それは『本当のことを書く』という縛りだ」。
高度経済成長期から見つめてきた東京の記憶が今、物語となって蘇る。

残骸 新宿区
地元 江戸川区
傷跡 千代田区
トラップ 世田谷区
サキソフォン 杉並区
穴 墨田区
ギャングエイジ 台東区
八百屋お七 文京区
相続 葛飾区
焼死 品川区
カメの死 練馬区
はぐれたレンガ 目黒区
外界遮断装置 板橋区
幼馴染 大田区
見知らぬ赤子 荒川区
猫 足立区
欄干 北区
棒読み 中央区
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記憶 豊島区
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初出メディア

東京新聞

東京新聞 :2022年8月27日 /中日新聞:2022年8月28日

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