書評

『貧困旅行記』(晶文社)

  • 2017/10/16
貧困旅行記 / つげ 義春
貧困旅行記
  • 著者:つげ 義春
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(193ページ)
  • ISBN-10:4794960700
  • ISBN-13:978-4794960702
内容紹介:
日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい――やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える……。主に昭和40年代から50年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。
読みはじめて、こういう旅もあるんだなあ、と思った。読みおえて、こういうのが旅なんだ、と思った。

著者の旅は、いっぷう変わっている。行き先は、それほど遠くはない。奥多摩、鎌倉、伊豆、丹沢……。思いたったら、その日にいけるぐらいのところである。

なるべく人に知られていなくて、できるだけ鄙びているところがいい。宿も、近代的なのはダメ。「貧しげな宿屋を見ると私はむやみに泊りたくなる」という著者は「侘しい部屋でセンベイ蒲団に細々とくるまっていると、自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられたような心持ちになり、なんともいえぬ安らぎを覚える」という。

「不安」ではなくて「安らぎ」であるところに、私はいたく感動してしまった。なんというかそれは、自分が自分ひとりぶんの重みで、この世に存在していることの心地よさ、ではないだろうか。

やりきれないほど侘しい。(中略)しかし、暗くて惨めで貧乏たらしさに惹かれる私は、穴場を発見したようで嬉しくなった。

この盲腸の奥のような、暗い袋小路に佇んでいると、なんともいい表しようのない不思議な感銘を覚える。

こんな絶望的な場所があるのを発見したのは、なんだか救われるような気がした。

――陰鬱な言葉が並んでいるのに何故かあったかくて、ユーモアまで感じられてしまう。不思議な紀行文である。これらの言葉から、著者の好むところというのは、大体イメージがわく。

そして、思い浮かべてみて気づくのは、これらが場所をいう言葉であるにもかかわらず、イメージされるのは、ある「時間」だということ。それは日常から切り離された、人と人との関係から解き放たれた、誰からも干渉されない「時間」である。

旅をするとは、旅人になるとは、本来そういう時間を手に入れることではなかったか。

名所旧跡を訪ね、珍しいものを食べ、おみやげを買う――という「ツメコミ型」の旅を楽しむ人も、もちろんいる。現代はそのほうが多いだろう。

対するに著者の旅を名づけるとしたら?

「そぎおとし型」と言ったらいいだろうか。日常の贅肉を、どんどんそぎおとしてゆく気持ちよさ。

妻と子をともなった「そぎおとし型」の旅も、とてもいい。そこには、ぬくもりとユーモアが、さらに深く感じられた。

【新版】
貧困旅行記  / つげ 義春
貧困旅行記
  • 著者:つげ 義春
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(281ページ)
  • 発売日:1995-03-29
  • ISBN-10:4101328129
  • ISBN-13:978-4101328126
内容紹介:
日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい-やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える…。主に昭和40年代から50年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。



【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4309009719
  • ISBN-13:978-4309009711
内容紹介:
大好きな本だけを選んで、読んだ人が本屋さんへ行きたくなるような書評を書きたい-朝日新聞日曜日の書評欄のほか、古典文学からとっておきのお気に入り本まで、バラエティ豊かに紹介する、俵万智版・読書のススメ。

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貧困旅行記 / つげ 義春
貧困旅行記
  • 著者:つげ 義春
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(193ページ)
  • ISBN-10:4794960700
  • ISBN-13:978-4794960702
内容紹介:
日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい――やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える……。主に昭和40年代から50年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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