書評
『いけちゃんとぼく』(角川書店(角川グループパブリッシング))
いけちゃんとぼくと息子と私
西原理恵子さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(角川文庫)を読んで、これは将来、息子にもぜひ読ませてやりたいと思った。「仕事」とか「働く」ということを考えはじめるような年頃に、知っておいてほしいこと、ヒントになるようなことが、ぎっしり詰まっている。キレイごとじゃなくて、でも汚い話じゃなくて、きっちりお金の大事さが伝わってくる、そんな一冊だ。しかし、とりあえずまだ幼稚園児なので、これは本棚に置いておくとして、息子と本屋さんをぶらぶらしていたら『いけちゃんとぼく』という絵本を見つけた。最近映画化されたそうで、原作のこの絵本も、山盛りで置いてあった。
「この人のご本、お母さん大好きなんだよー。いっちょ絵本も読んでみるか」と言うと、インパクトのある表紙に誘われて、息子ものってきた。
たいていの絵本、私は先回りして一読してから息子に読んでやるのだが、今回は期待が大きく、息子も私も初めてという状態でページをめくってみることにした。
ナゾの生き物「いけちゃん」と「ぼく」の世界を、親子で最初はおずおずと、そしてだんだんどっぷりと、体験してゆく感じ。特に、笑う場面でのタイミングが、同じなのがいい。あらかじめ読んでいると、どうしても「ここ、笑うぞ」と思って息子を観察してしまうのだが、今回は私も同時に思いっきり噴き出した。その、連帯感。
くまぜみを竹の中に入れたり、とんぼの頭を万華鏡の中に入れたり、という場面が息子は一番のお気に入り。やっぱり男の子だ。ぼくといけちゃんの様子が、ハンパなくおもしろくて、何回も真似っこで再現しては笑いころげていた。
実は虫たちへの所業は、いじめられたぼくが、復讐(ふくしゅう)の練習のためにやっていること。だけど結局、気持ちは晴れない。そのとき、いけちゃんは言う。
おとなになって すきな人ができたら このことをはなすといいよ。すきなひとが わらって くれるよ。
げらげら笑っていた我々親子は、ここでちょっと、しんと静かな気持ちになる。
ぽろっぽろっとこぼれるいけちゃんの一言は、不思議だ。夕暮れに家路を急いでいるときみたいに、少し寂しくて、なんだか懐かしくて、わけもなく泣きたくなるような、そんな気持ちを運んでくる。
いけちゃんが何者なのか、それは最後にわかる(ここは、むしろ大人がうるっとなるところ)。息子は最初「グミのおばけかな」と、見た目で言っていたが、「もう男の子が おわっちゃったんだよ」といけちゃんがぼくに別れを告げる場面では「いやーっ。行かないで」と私に抱きついてきた。いけちゃんは、おかあさん、というふうに感じていたようだ。
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる いつかおまえも飛んでゆくから
【単行本】
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2009年7月30日
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