解説

『そうだったのか…!』(文藝春秋)

  • 2023/07/08
そうだったのか…! / 林 真理子
そうだったのか…!
  • 著者:林 真理子
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(299ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4167476142
  • ISBN-13:978-4167476144
内容紹介:
18歳でひとり暮らしを始めて18年、人生の区切りの年に、マリコはついにふたり暮らしになった。眠れない結婚式前夜から、自分の華燭の典を冷静にレポートしてしまった「可憐な花嫁に徹した私」、そしてハネムーン。特別なコトも日常のことも、今までとはなんだか違って見えてくる、新しい日々がここにある。
初めて林真理子さんにお目にかかった日、私たちは大事な会合を一緒に抜け出して、ディズニーランドへ遊びに行った。

その経緯については、「大事な会合」に出席していたかたに申し訳ないので、詳しくは書けないけれど、とにかくその日はディズニーランドで特別楽しいイベントがある日で、私たちは誘惑に負けてしまったのだ。

靴一足買うのにも何時間もかかってしまう優柔不断な私は、「えーっとえーっと行きたいけど、でも、そのやっぱしみなさんに悪いような気もするし、かといって行かないのも悔いが残るような、だから、しかし、けれども、うじうじ……」といった感じで、まったく煮えきらなかった。くらべて林さんは「始めだけ顔を出せば大丈夫よ、行きましょ」と、いったん決めたら潔い。とはいえ、はたまた、さてさて、うわーん、どうしよう、と悩みつづける私。普通ならここで見捨てられてもしかたがない。なのに林さんは「じゃあ、会には三十分だけ参加して失礼しない?」と、優柔不断な人間にはもっとも嬉しい、中間的色合いの善後策提案をしてくださったのだった。

浦安へ向かう車のなか、あらためて不思議に思う。「そうだ、今日が初対面なんだっけ」

――もともと私は人なつっこいほうではあるけれど、特に林さんには、いきなりなついてしまった。なんだか今までに、何度もお会いしているような気がするのだ。それはたぶん、エッセイや小説を読んで一方的に親しみを覚えていたせいだろう。特に、ほぼリアルタイムで林さんの動向や考えていることが伝わってくる「週刊文春」のエッセイの影響力は大きい。

シリーズ七冊目になる本書には、その連載三百回を数えての一文がある。

「私の物書きになってからの人生と、この連載とはぴったり重なっているのである。そのせいであろうか、初めておめにかかった方で、こうおっしゃる方は多い。『ハヤシさんとは「週刊文春」で毎週会っているから、初めてという気がしませんな。たいていのことは知ってますから』」――私も、そういう一人だったのだ。

結婚式の前後の心境、休日の過ごし方、夫との会話、友人の事件etc。本書には、林さんのバラエティに富んだ日常があふれている。トゥール・ダルジャンで披露宴をしたり、ドナ・カランの服を着て雑誌のグラビアに載ったり、カナダの別荘で過ごしたり……考えてみると、普通の女の子には手の届かない世界も多い。それが、林さんのエッセイになると、とても身近で違和感がなく、すうっと入っていけるから不思議だ。

モト普通の女の子であり、普通の女の子では手に入れられないようなものを手にしてからも、感覚だけは普通でありつづけている――そこが林さんのエッセイの魅力の源ではないかと思う。

トゥール・ダルジャンに行く前には、親族に「山梨の公民館じゃないんだからね」と念をおし、同じ雑誌にドナ・カランの服を着て登場している二谷友里恵さんを見つけて驚く。

カナダでの楽しい暮らしを記したあとは、これって厭味?と自問自答。トゥール・ダルジャンやドナ・カランやカナダが、決してあたりまえにならないのがいい。つまり手に入れたあとも、林さんはそれらに対する憧れや思い入れを失っていない、というのが素敵だ。

だから多くの人の興味と共感を、得るのだと思う。

世の中のさまざまなことに対する洞察の深さにも、私はうーんと唸ってしまう。本書で一番印象に残っているのは(これは、「週刊文春」に載ったときに読んで、えらく感動した)美里美寿々さんの離婚に関する文章だ。マスコミの報道から見るかぎり、相手の男性はとても情けない、ヤなやつだった。私も「こんな男の人じゃ、別れたくもなるわよね。美里さん、がんばって」と思っていた。同じように感じていた方々に、ぜひ本書の林さんの分析を読んでいただきたい。ジャーナリストである相手の男性は、世間の目に自分がどう映るか、よーくわかっていたはずだ、というところが鋭い。

洞察といえば、お会いしてまもないころ、「俵さんは、どんな人と結婚するのかしら。○○の△△なんてどう?でもそれじゃ、あたりまえすぎるわね」と言われて、どきっとしたことがある。○○は企業名、△△は職種だが、そのときの私にとって、一番気が合って好きだったボーイフレンドが、まさにその○○の△△だったのである。もちろん、彼の話などしたこともない。なんとなくふだんの私を見ていて、そういうタイプの仕事の人、と直感されたのだろう。

「あはは、そうですね。別に結婚しないぞって決めているわけじゃないんですけど、どうも縁がなくって、しどろもどろ」と曖昧に笑いつつ、心のなかでは「そっかあ、あたりまえすぎるかあ……。でも、私ってあたりまえの女だしなあ」と、つぶやいていた(林さん、この話、もし覚えていてもナイショですよー)。

ピアノやゴルフ、お茶など、習い事の話も本書には多く登場する。みな、あまり長続きしないで、とほほ、という感じで書かれているけれど、そこがまたいい。結果はどうであれ、とりあえず興味を持ったものなら、何にでもチャレンジしてみるという行動力と好奇心。それは明らかに普通の女の子を凌ぐものだ。が、そのあと飽きてしまったり、なかなか上達しなかったりするところは、とても普通っぽくて、読んでいるほうは、ほっとさせられる。夢を現実にしてしまうパワーと、現実はキビシイという本音と。夢の一歩手前にいる読者にとって林さんは、遠くて近い、近くて遠い存在なのだ、と思う。

ところで林さんは、ここ二年ほど日本舞踊を習っておられる。先日、その発表会に伺った。なんと国立大劇場での初舞台である。これは趣味なんて域をとうに越えている。あでやかな衣装で「藤娘」を踊る姿は、年下の私が言うのも失礼かもしれないが、ほんとうに可愛らしかった。

気の遠くなるような忙しさのなかで、週に二回稽古に通うというのだから、大変なものだ。日本舞踊に関しては、とほほどころか、やったね、という言葉がふさわしい。本業とは離れたところで、ここまでやる、その姿に私はすっかり打たれてしまった。

踊りの発表会からしばらくして、銀座の画廊で開かれていた「林真理子展」にも足を運んだ。著書や多くの写真のほか、お気に入りの食器や着物、愛用のバッグなどが展示されている。芸大の卒業生の作品だったり、珍しい布だったり、オーストリッチだったり、どれもハンパなものではない。ハヤシワールドの広さを改めて思う。なかでも森英恵さんデザインのウエディングドレスが圧巻だった。一緒にでかけた母も、林さんのエッセイをよく読んでいる。ここ数年は、夫の東郷さんのファンでもある。

「紳士でユーモアがあって、こまかいところにうるさくない、いいわねえ」――母には特に三番目の点の評価が高いらしく、「エッセイを読むかぎり、林さんとあなたは、整理整頓が苦手なところはいい勝負ね。そういう人には、こういう人が一番いいの」と、よく言っている。確かに私自身も、東郷さんて、飄々としていて、いいなあと思う。さきほどの美里美寿々さん離婚の章や配偶者、美人論の章など、ほんの数行の登場なのに、印象はとても鮮やかだ。

身内のことを、あまり頻繁に書くのはためらわれるかもしれないけれど、これからも時には東郷さんを登場させてほしいな、と思う。ここに女性ファンが二人いますので。

【この解説が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:1995-03-01
  • ISBN-10:4309009719
  • ISBN-13:978-4309009711
内容紹介:
大好きな本だけを選んで、読んだ人が本屋さんへ行きたくなるような書評を書きたい-朝日新聞日曜日の書評欄のほか、古典文学からとっておきのお気に入り本まで、バラエティ豊かに紹介する、俵万智版・読書のススメ。

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そうだったのか…! / 林 真理子
そうだったのか…!
  • 著者:林 真理子
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(299ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4167476142
  • ISBN-13:978-4167476144
内容紹介:
18歳でひとり暮らしを始めて18年、人生の区切りの年に、マリコはついにふたり暮らしになった。眠れない結婚式前夜から、自分の華燭の典を冷静にレポートしてしまった「可憐な花嫁に徹した私」、そしてハネムーン。特別なコトも日常のことも、今までとはなんだか違って見えてくる、新しい日々がここにある。

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