書評

『花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々』(文藝春秋)

  • 2025/08/27
花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々 / 唐澤 平吉
花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々
  • 著者:唐澤 平吉
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(281ページ)
  • 発売日:2016-04-08
  • ISBN-10:4167906023
  • ISBN-13:978-4167906023
内容紹介:
「文章は話すように書け」「人の身になって考えろ」「編集者は、芸人でなくてはならない」「写真をうまく撮るためには、映画を見ろ」「唐澤クン、負け犬になるな!」――伝説の編集者・花森安治… もっと読む
「文章は話すように書け」「人の身になって考えろ」「編集者は、芸人でなくてはならない」「写真をうまく撮るためには、映画を見ろ」「唐澤クン、負け犬になるな!」

――伝説の編集者・花森安治はきわめつきの頑固でワンマン、そして自由でしなやかな精神をもつ、天才肌の職人だった。
「暮しの手帖」編集部で花森安治・大橋鎭子と6年間を過ごし、雑誌作りを一から叩き込まれ、だれよりも怒られた元編集部員がつづる回想。

「天才編集長」を描く元部下の思い伝わる

男なのにオカッパ頭。白いジャンパーに茶系のズボンの「銀座のゴジラ」。きわめつきのガンコにして絹のように柔軟。桂春団治とミステリーが好き。戦後雑誌界の風雲児、「暮しの手帖」編集長、花森安治。

評伝ではない。六年間、花森の下で働いた、その目から「親方」の矛盾や体臭までも描きこんだ。

新入社員は自分の机がないのに驚いた。「一年間、なぜと訊くな」。入社式で花森は言った。職人にはリクツはない。最初のボーナスで“自前の”カメラとテープレコーダーを買わされた。しょっちゅうカミナリが落ち、ときに流れ弾が当たった。

「お当番」という役目がある。早めに出社し、湯をわかし、布巾(ふきん)をたたみ、商品テストのための研究室の空調に気を付ける。お茶くみ、昼のご飯炊き、夕食のしたく。近代合理主義で考えれば「バカバカしくてノイローゼになる」ような制度だったが、「暮しの手帖」社は家長花森を中心に大家族のように「暮し」をともにしながら雑誌をつくっていたのだった。

それはギリギリの、思想と体力を賭(か)けた闘いであった。某メーカーのアイロンを十八台も買って欠陥を指摘し、クーラーのテストのときは三交代で徹夜した。料理記事はプロが作ったのを編集者が記事にし、その通りに別の編集者がつくって皆で試食した。

花森の卓抜な仕事術は十分に伝わる。十八字三十行で、といえばピッタリその分量の口述ができた。商品テストの結果が発表されれば、六ケタの数字をたちどころに並べかえ、トップとビリの差を出した。

しかし、これまた「天才伝説」の再生産ではないか。評者は五カ月間「不正社員」であった森茉莉が、花森の仕事を見て感に堪え〈インチキだなあ〉と思ったとたん目があって〈全身、これインチキでね〉というように細い目を光らせたエピソードを読んだことがある。そこをもっと書いてほしかった。編集とは「丸い卵も切りよで四角」にする痛快なインチキなのだから。

本書を私は二度読み、一度目は「腹の底からけっとばしたい」専横な花森が、二度目は「ボヤいても尊敬し愛すべき」花森が立ち上がった。きっとこの本は強烈な個性と六年も共に仕事をした人の、自己セラピーの書にちがいない。

【単行本】
花森安治の編集室 / 唐沢 平吉
花森安治の編集室
  • 著者:唐沢 平吉
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:ハードカバー(269ページ)
  • 発売日:1997-09-30
  • ISBN-10:479496322X
  • ISBN-13:978-4794963222
内容紹介:
戦後日本を代表する雑誌「暮しの手帖」編集長は、極め付きの頑固者だった。商品テストの発明、斬新なデザイン感覚、自在な文章術。往年の編集部員が内側から語る、花森安治の伝説と素顔。目… もっと読む
戦後日本を代表する雑誌「暮しの手帖」編集長は、極め付きの頑固者だった。商品テストの発明、斬新なデザイン感覚、自在な文章術。往年の編集部員が内側から語る、花森安治の伝説と素顔。

目次
職人とよばれた天才ジャーナリスト
花森さんとの出会い
どぶねずみ色だっていい
弟子になるのもラクじゃない
暮しの手帖社の常識
わたしの商品テスト入門
負け犬になるな
お当番さんにあけくれる一日
研究室のみそ汁
三つのしごと〔ほか〕

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花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々 / 唐澤 平吉
花森安治の編集室 「暮しの手帖」ですごした日々
  • 著者:唐澤 平吉
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(281ページ)
  • 発売日:2016-04-08
  • ISBN-10:4167906023
  • ISBN-13:978-4167906023
内容紹介:
「文章は話すように書け」「人の身になって考えろ」「編集者は、芸人でなくてはならない」「写真をうまく撮るためには、映画を見ろ」「唐澤クン、負け犬になるな!」――伝説の編集者・花森安治… もっと読む
「文章は話すように書け」「人の身になって考えろ」「編集者は、芸人でなくてはならない」「写真をうまく撮るためには、映画を見ろ」「唐澤クン、負け犬になるな!」

――伝説の編集者・花森安治はきわめつきの頑固でワンマン、そして自由でしなやかな精神をもつ、天才肌の職人だった。
「暮しの手帖」編集部で花森安治・大橋鎭子と6年間を過ごし、雑誌作りを一から叩き込まれ、だれよりも怒られた元編集部員がつづる回想。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1997年10月26日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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