本文抜粋

『フランク史I クローヴィス以前』(名古屋大学出版会)

  • 2021/07/15
フランク史I クローヴィス以前 / 佐藤 彰一
フランク史I クローヴィス以前
  • 著者:佐藤 彰一
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2021-07-12
  • ISBN-10:4815810303
  • ISBN-13:978-4815810306
内容紹介:
ヨーロッパのもう一つの起源――。欧州はギリシア・ローマからまっすぐに生まれたのではない。世界システムの大変動後、遠隔地交易、ローマ帝国との対抗、民族移動などを経て誕生した、500年にわたるフランク国家。「自由なる民」の淵源から王朝断絶までをたどる初めての通史。本巻では、初代王にいたる波乱の歴史を描く。
ヨーロッパ世界の誕生をどのように叙述できるのか。かつて6~10世紀に存在した「フランク王国」についての初の通史、『フランク史』の刊行が開始されました(全3巻を予定)。著者は、西洋中世に関する数多くの著作で知られる歴史家・佐藤彰一氏。グローバル・ヒストリーや世界システム論など、歴史学の新たな試みにも触発されながら、その起源を先史時代にまで遡って探究する注目作です。以下では、このたび刊行された第I巻「クローヴィス以前」より「はじめに」を特別公開いたします。

ヨーロッパのもう一つの起源。初の「フランク王国」通史、刊行開始

本書はおそらく、「フランク史」を標題に掲げた日本語で書かれる最初の通史であろう。そもそもフランク史とは何か。それは簡単に言えば、西ローマ帝国の崩壊の後に、その領土にフランク「族」と称されるゲルマン人の一派が組織した、いわゆるフランク王国の歴史のことである。それはほぼ西暦6世紀から10世紀まで存続し、メロヴィング朝、カロリング朝の二つの王朝の交替を経ながら、5世紀の歴史を閲した。

欧米各国でこの時代の歴史を研究したり、通史を叙述したりすることは、決してマイナーな学術活動ではない。それどころか、むしろ最も主要な学問潮流であると言っても言い過ぎではないであろう。1993年に欧州共同体から欧州連合へと展開して、イギリスが加盟国になってからは、英国の中世史家たちが、この時代の歴史研究に優れた貢献を果たし、一段と活性化することで、グローバルな観点から見ても、歴史学における主要な分野になったと言えるであろう。それは「ブレグジット」以後も変わる気配が見られないのは同慶のいたりである。

なぜ「フランク史」が生まれないのか

そうした学問的なトレンドにあるにもかかわらず、フランク王権が歴史的展開を見せたヨーロッパの国々でも、「フランク史」を標榜する通史が生まれないのはなぜであろうか。12,13世紀においてもなお、十字軍に参加したヨーロッパ人を、おしなべて近東の人々は「フランク人」と呼んだが、それほど人口に膾炙し、人々の脳裏に刻印された概念であるにもかかわらずである。

思うにその原因は、互いに関連する二つの事実が複合しての結果であろう。ひとつは、近代歴史学と歴史叙述の誕生の時期に、ヨーロッパでは国民国家の視点から過去の歴史を考察する見方が定着し、フランク時代の歴史に後代の国民の先蹤を見出す思考法に慣れたこと。いまひとつは、これと表裏の関係にあるものだが、フランク王国、そしてカール大帝の皇帝戴冠以後の呼称であるフランク帝国は、国民国家の枠組みで見るならば、時代により出入りはあるものの概ねフランス、ドイツ、イタリア、ベネルクス三国[ベルギー、オランダ、ルクセンブルク]の領域に広がる政体であり、それが時代を下るにつれて、それぞれ異なる段階で各国民国家に変容してゆくという複雑な経過をたどるために、国民史的には「フランク史」として一体的に捉え通史として叙述するのが学術的に、とりわけ心理的に困難な面があったのではないかと推測されるのである。国民国家的思考の回顧的視線は、アメリカ合衆国とドイツのフランク時代史の二人の代表的歴史家の著作の標題にも表れているように思われる。一冊はパトリック・ギアリが著した『フランスとドイツの前に――メロヴィング世界の創造と変容』(1988年)であり、もう一冊はカールリヒャルト・ブリュールの『二つの国民の誕生――フランス人とドイツ人(9~11世紀)』(1990年)である。

本書では、こうした国民国家的枠組みにとらわれることなく、ヨーロッパ世界の他者なる立場を活かし、フランク時代史の通史としての叙述を心がけるつもりである。

歴史学の新たな動向、「グローバル・ヒストリー」

本書の叙述にあたって、我々は現在の歴史学の動向を踏まえつつ、史料、史実の分析と叙述の上で、幾つかの留意点、あるいはあえて言うならば新機軸を提示したいと考える。

2015年に全巻9冊が一気に刊行され話題を呼んだ『ケンブリッジ世界史』は、紀元前1万年から現在までの人類史を歴史として叙述した壮大な試みであるが、容易に想像されるように、歴史学の時代区分論では先史時代の方が時代幅では優位を占める。そのため通史のような一貫したナラティヴは期待するべくもなく、個別論文およびトピックの集成の感があるのは致し方ない面がある。重要なのは、文字記録の有無によって歴史時代と先史時代とを区別する古典的時代区分論を撤廃した視点であり、それは今日の考古学の発達と成果、科学的な分析手法の洗練化を考えるならば当然の帰結であると思われる。

このような動向の根底にあるのが、いわゆる「グローバル・ヒストリー」の隆盛であるのは論を俟たない。「グローバル」の概念が研究者、歴史家の念頭に浮かんだとき、最初に想定されたのが空間的な意味であり、いわゆる近代にいたるまで歴史記述の対象の埒外に置かれた世界の歴史を包摂した「世界史」を構想することであったとしても、歴史世界の空間的枠組みの廃棄は、直ちに時間的枠組みの撤廃へと展開せざるをえないのが理路というものであろう。

「世界システム論」、「接続された」歴史

そして先に挙げた『ケンブリッジ世界史』と気運を同じくする動向として注目されるのが「世界システム論」と称される分野である。ここで「世界システム」とは何かについて解説することはしない。イマヌエル・ウォーラーステインにより提唱された「近代世界システム論」が、ここでも時間的に拡張され、すでに『世界システム――500年かそれとも5000年か』(1993年)と題する論集が一流の出版社から公刊されるまでに学問的市民権を獲得し、さらに2012年には世界システムの生成と展開を、紀元前4000年紀にまで遡って記述する作業がフランスの人類学者フィリップ・ボジャールによって試みられた。『インド洋諸世界』がそれであり、A4判、2巻本1300頁の巨編を通して、15世紀までの5500年間に及ぶユーラシア大陸の歴史を、世界システムの隆替現象として説明しようと試みている。フランス語で書かれたこの著作は、2020年にケンブリッジ大学出版局から英語訳が刊行されており、その学問的な意義を承認されたと見てよいであろう。

これらグローバル・ヒストリー理論の前提をなすのは、我々の意見によれば接続性(connectedness)の原理である。空間的に認識を拡大しても、拡大の対象となったそれぞれ個別の歴史空間が、相互に無関係であり続けるならば、「グローバル」な視座というものはそれほど積極的な意味を持ちえないであろう。そもそも世界システムという現象の存立もありえない。その意味でサンジャイ・スブラフマニヤムが提唱した「コネクティッドネス」概念は、グローバル・ヒストリーが実質的な意味を持つために本質的な要素である。我が国において東洋史学の研究分野のひとつであった「東西交渉史」は、こうした「接続史」の先駆とみなしてもよいであろう。

しかし、これまでのフランク国家史において、外部世界との接続について充分な注意が向けられてきたとは言いがたい。「接続史」が「関係史」と異なるのは、その関係性がどのような態様であるか充分具体的に解明する素材が欠落していても、接続の「事実」に注意を向けて、事象の推論的再構成に援用することであろう。これまで歴史の「語り」から忘れ去られていた、重要な連関を発見する契機となるかもしれないからである。

初代王にいたる波乱の歴史をたどる

本書において我々は、フランク「族」の来歴の探究にあたって北西ヨーロッパの先史時代にまで分け入った。そうすることで、東地中海・エーゲ世界と接続して、この地域の初期の歴史像を何ほどか具体化できるのではないかと考えたからである。また、世界システム論の波動の位相のなかでフランク史の動向を位置づけることにも留意している。

これら「グローバル・ヒストリー」がもたらした新たな学問的刺激に触発された新機軸に加えて、本書の叙述の仕方についても一言しておきたい。それは、「フランク史」の叙述を進めるにあたって、基本的にクロノロジカルな順序に従うこと、そして学説史・論争史と綯い交ぜになったスタイルを採用すること、の二点である。この形式が著者の意図を理解していただく上で躓きの石とならないよう願っている。

[書き手]佐藤彰一(1945年生まれ。名古屋大学名誉教授、日本学士院会員、フランス学士院会員。専門は西洋中世史。『禁欲のヨーロッパ――修道院の起源』にはじまる中公新書「禁欲文化のヨーロッパ」シリーズ5部作など、著訳書多数)
フランク史I クローヴィス以前 / 佐藤 彰一
フランク史I クローヴィス以前
  • 著者:佐藤 彰一
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2021-07-12
  • ISBN-10:4815810303
  • ISBN-13:978-4815810306
内容紹介:
ヨーロッパのもう一つの起源――。欧州はギリシア・ローマからまっすぐに生まれたのではない。世界システムの大変動後、遠隔地交易、ローマ帝国との対抗、民族移動などを経て誕生した、500年にわたるフランク国家。「自由なる民」の淵源から王朝断絶までをたどる初めての通史。本巻では、初代王にいたる波乱の歴史を描く。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
名古屋大学出版会の書評/解説/選評
ページトップへ